俺がそう言うと、向日葵は突然立ち上がり、笑って首を横に振る。
 

「無理だよ。出たいけど、怖いし」
 

怖い。その言葉を聞いて、俺は向日葵に誘うのに、一瞬怯んでしまった。
 

何よりも重みがあったからだ。

盲目とバカにされて、二度と舞台に立てなくなってしまった向日葵。一体、当時八歳だった向日葵は、どう感じたのだろうか?
 

何にも知らない人間からの、きつい一言。それは、心に響くものだ。俺だって、その気持ちは分かる。
 

「俺だって、向日葵の気持ちは分かる。でも、恐怖に打ち勝つのも大事だろ?」
 

「分かんないよ。日向君には、私の気持なんか…」
 

向日葵は、吐き捨てるようにそう言うと、白杖を持って壁に向かう。
 

ダメだ。怒っちゃダメだ。
 

俺は、向日葵の事を知っている。優しく、ゆっくり寄り添おうと、決めたのだ。
 

「でも、きっと向日葵のピアノを聴きたいって人がいると思うんだ。少し勇気を出して、努力して、後悔しないように、やれることはやろう。な?」
 

優しく、寄り添おう。俺は、そう思いながら向日葵を説得するが、向日葵は頑なに首を振り続ける。
 

俺が、そんな向日葵に思わずため息をつくと、向日葵はふっと笑った。
 

「ほら、私なんかすぐに死んじゃうじゃない?だから、変に勇気を出す必要なんてないんだよ」
 

雨は、だいぶ小雨になって、激しかった音も、今ではすっかり静かになっていた。