すると、向日葵はにっこりと笑った。そんないつもの笑顔に、俺は少しホッとする。
 

「実はね、私もともと、日向君のことは知ってたの。中学生の時、テレビで見て、すごいなぁっていう気持ちももちろんあったけど、それ以上に君の演奏とかインタビューの声とかから、何の感情を読み取れない事が、印象に残ってた」



そういえば、中学生の部で全国優勝をした時、テレビ局もいくつか来ていた。

その時、あまりにも自分が無表情でインタビューに答えたせいで、『機械ピアニスト』という言葉が、余計に世間へと広まったんだ。



…そっか。あの時、俺が真っ白な心でピアノを弾いていたときや、やる気なく答えたインタビューの先に、向日葵もいたんだ。


「だから初めて音楽室で、日向君と出会ったあの時、最初の第一声で、君が空川日向君ってことは知っていた。だから、日向君の音色に感情がないこともわかってて、でも今初めて、日向君の音色を聞いたって演技して、日向君の音色を変えるようにお願いしたんだ。だって、もし知ってるなんていったら、日向くんの絶対承諾してくれなかったでしょ?」




「…うん。多分、そうだったかも」



あの時、人の目線が怖くて仕方がなくて、全然俺のことを知らない向日葵に、すがろうとしたという思いも、ゼロではなかった。



最初から、いや、出会う前から、向日葵は俺の性格を知り尽くしていたんだ。



「本当に、日向君の音色を変えるだけの予定だったから、3ヶ月ってお願いして、すぐにいなくなる予定だった。でも、日向君といると、なんだかこっちまで楽しくなってきちゃって。優しくて、こんなに私の事を、純粋に見てくれる人がいるんだって、そう思ったら、私はもう、日向君に対する想いでいっぱいだった」
 

思わずにやける。
 

向日葵は、俺と同じ気持ちだった。

いや、多分俺の方が、向日葵に対する想いは大きいだろうけど、それでも少しは、同じだった。


そう分かったら、嬉しくてたまらなくなってくる。
 

ところが、向日葵はそこで、少し悲しそうに、瞳の力を弱めて、目を細める。
 

「でも、ギリギリまで日向君といると、私自身、とってもつらくなると思う。それに、私がもしも、余命九ヶ月って言ったら、日向君は私から離れていくんじゃないか。そう思ったら、日向君に突き放されるのが怖くなっちゃって、私から突き放したら、まだ楽かなって思って。なのに…」
 

向日葵はそこで言葉を止めた。口端を上げて、俺に顔を向けた。