「全部楽しかった。日向君とピアノを弾くときも、一緒に話している時も、どこかに遊びに行った時も、全部楽しかった。そんな宝物みたいな思い出を、簡単に消せるはずがないでしょ?」
息が混じった、向日葵の小さな声。それでも、俺は全部聞き取れていた。
ずっと、ずっと聞きたかった言葉。俺は、「楽しかった」、その一言だけを待っていたんだ。
「じゃあ、なんで俺の事、嫌いになったんだ?」
俺がそう質問すると、向日葵は顔を、組んだ足にうずくめた。
ちゃんとせかさずに、向日葵のタイミングで、向日葵の言葉で聞きたかったから、俺は黙って向日葵を待った。
でも、中々向日葵は、言葉を切り出さない。
すると突然、声を必死に押し殺して、でも、誰が聞いても確実に分かる、泣き声が聞こえてきた。
向日葵が、泣いていた。
「ひ、まわり?どうしたんだ?」
俺が、慌てて向日葵の肩に手を置いて聞くが、それでも向日葵はすすり泣くばかり。
向日葵が弾いていた、『悲しみのワルツ』。もしかして、向日葵の涙と、何か関係があるんだろうか?
「…私からは…もう、離れてください…」
泣き声が混じった、向日葵の絞り出すような言葉を聞き、俺はキョトンと向日葵を見る。
「何言ってるんだ?向日葵、なにか悩みがあるんだったら、俺が相談に乗るぞ?」
「だったら…。だったら、もう私の事は嫌いになって!」