確かに、向日葵のその行動からは、少しはコンクールに憧れがあるんじゃないか、というのは容易に予想できた。
そういえば、俺が向日葵とコンクールに行ったとき。
思わず向日葵はあの時、本音を言ってしまったのだろう。
「でも、だったらなんで、向日葵はコンクールに出るのを嫌がるんですか?」
俺は、率直に疑問に思ったことを、何の躊躇もなく向日葵のお母さんに聞いた。
しかし、その途端、向日葵のお母さんは、分かりやすく顔を暗くし、俯かせた。
やっぱり、それなりの理由はあるんだ。俺がごくっと唾を飲みこむと、向日葵のお母さんは「そうね」と、口を開いた。
「あの子が八歳の頃…。そう、盲目になっちゃって、でもだいぶ落ち着いたころに、一度ピノのコンクールに出たことがあるの。すごい張り切ってて、『絶対に成功させてやる』って、小さい指を懸命に動かしながら、練習している様子を、今でも覚えてるわ」
想像してみる。なんだか、小さい頃の、純粋にピアノが好きだと思っていた頃の俺と、重ね合わせることが出来る。
向日葵のお母さんは、そこで湯飲みを置くと、ため息をついた。
「でも、コンクールの当日。いざ舞台に立って、ピアノを弾こうとしたら、観客席から陰口が聞こえてきちゃったの。『盲目なの…?』とか、『あんなのでピアノ弾けるの?』とか。小さい子なんて、もう大声で、『なんで、あの子の目、あんなに変なの?』とか言うから、向日葵は怖くて、何も弾かずに逃げ帰っちゃったわ」