「は、はい。ありがとうございます」
またもや、ぎこちなくお礼を言う。
向日葵のお母さんが、お茶を注いでくれるが、俺はどう話を切り出せばいいか分からず、お茶を注ぐ音だけが、異常に大きく聞こえた。
入れ終わったお茶の湯気が、もわもわと俺の方に立ち込めてくる。
出されたはいいが、飲めるわけない、と心の中で叫んだ。
「…日向君は、向日葵をコンクールに誘ったそうね」
何も言わない俺に、話を切り出したのは向日葵のお母さんだった。
いきなり痛いところをつかれ、俺は言葉は発さずに、頷くことしかできなかった。
「確かに、あの子はコンクールに出たがってるわよ」
「え?向日葵、コンクール出たがってるんですか?」
それまで何も言いだせなかった俺が嘘のように、声が出てしまった。
だって、俺が向日葵に、「コンクールに出よう」と誘ったときは、あんなに拒んでたんだ。
俺と向日葵の喧嘩も、もとはと言えばそれが原因なわけだし。
すると、向日葵のお母さんは、正しい湯飲みの持ち方をして、上品にお茶を飲んだ。
「向日葵ね、近くにピアノのコンサートがあると、必ずって言っていいほど毎回見に行くの。それに、見えないはずなのに、わざわざコンクールで弾いてる人の、ピアノを聴くんですもの。分かりやすいでしょ?」
そう言うと、向日葵のお母さんは、目を細めてクスリと笑った。