突然声が聞こえた。ばっと顔を上げると、母さんが俺のドアの前で、仁王立ちしていた。
 

「そう、か…?」
 

途切れ途切れの声で返す。母さんは、黙って肩をすくめた。
 

「分かるに決まってるでしょ?どうであれ、私はあなたの母親なんだもの」
 

母親。そう、母親なんだ。


どんなに俺に練習を押し付けて、俺に厳しくしてきていたとしても、母親は母親だ。分かるに決まってる。
 

「向日葵と喧嘩して、謝ったんだけど、向日葵にも、向日葵のお母さんにも拒まれた」
 

言ってるだけで苦しくなる。俺は、再び枕に自分の頭をうずめた。
 

母さんのため息をつく音が聞こえた。と、思ったら、こっちに近づいてくる、足音まで聞こえてくる。
 

なんなんだ?俺がそう思って顔を上げる前に、母さんは俺の枕を取り上げた。

俺の鼻が、思いっきりベッドに当たる。
 

「いったぁ」
 

俺が鼻を押さえると、母さんは枕を放り出し、俺を見下ろした。
 

「あんたの向日葵さんに対する気持ちは、そんなちっぽけなものだったの?」
 

俺に練習しろ、と言ってる時の、母さんの声と表情。

でも、そのどこかに、なぜか温かく感じる部分があった。
 

「情けないわね」
 

母さんはそれだけ言い残すと、俺の部屋を出て行ってしまった。
 

呆然とする。そういえば、母さんに怒られたのは、久しぶりだった。だから呆然としてしまうのだろうか。
 

いや、違う。いままで、俺はいつもピアノの事で、怒られていた。それ以外では、怒られたことがなかったんだ。
 

俺は、黙って枕を拾う。
 



もう俺の中に、向日葵を忘れよう、という気持ちはなかった。