「…なあ、向日葵。九月に、文化祭があるのは知ってるか?」
向日葵が、鍵盤から手を離す。しばらく黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
「知ってるよ」
声のトーンがやけに低い。俺は、それをかき消すように、声をさらに明るくする。
「そこでさ、ピアノのコンクールがあるんだ。一緒に出ないか?」
俺がそう言った瞬間、向日葵が目を大きく見開いた。
指をピクリとも動かさない。突然の申し出に、混乱しているのだろうか。
「あ、いや…。大学のスカウトも来るし、将来的にもいいと思うんだ。それに、向日葵、コンクールにも出たがってたから…」
「…嫌だ」
俺の言葉を、向日葵が遮った。
思わず身震いがするくらい、残酷な、冷徹な声だった。その声に、俺は思わず戸惑う
「ど、うしたんだよ?なんか、さっきから向日葵らしくないじゃないか!」
強めに言ってしまった。しまった、と思ったが、向日葵は何も言わずに、頭を伏せる。
「…コンクールには、出たくない」
俺の質問には答えず、ひたすらコンクールを拒み続ける向日葵。
俺は、そんな向日葵の不自然な態度に、思わず言い返した。
「だって、向日葵言ってたじゃないか。この前二人でコンクールに行ったとき、『いいな』って」
こんなに向日葵に、強く攻め入るような口調で言ったのは、初めてかもしれない。
「空耳だよ!ただの空耳!」
向日葵も、より大きな声で叫ぶ。