「向日葵ちゃん、って名前を聞いたら、なぜか書きたくなっちゃった」
「『ちゃん』って言い方、止めろよ」
伊藤が、「へへ」と笑う。少し不愉快に感じたのは、なぜだろう。
しかし、うまいのは認める。推薦が通る訳も分かった。
「ほんと、性格と比例しないな。この絵は」
「まあな。俺、このまま画家にもなれるんじゃね?」
性格と比例しないといったことに関しては、怒らないのか。
まあ、そのくらい、褒められたのが嬉しかったのかもしれない。
どんなことでも、やはり褒められることは嬉しいのだから。俺も、最近になってきて、ピアノだろうが何だろうが、褒められる嬉しくなる。
ようやく、ロボットから人間になれたという事なのか。
「…そういえば、向日葵が、ピアノを弾いてる時は、夢のような情景が、心の中に浮かぶって言ってたなぁ」
ふと思い出して思わずつぶやくと、伊藤は「へえ」と言って、身を乗り出した。
「なんか、そうやって心の中に浮かぶ情景は、現実の世界よりもずっと素晴らしいものだろう、って言ってた」
伊藤が、深く何度も頷いた。
「俺も分かるなぁ。実在しない世界を作って、幸せな気持ちになる気分。向日葵ちゃん、分かってるんだな」
「だから、『ちゃん』っていうのやめろよ」
俺がむっとして言い返すと、伊藤は俺の肩をバシッと叩いた。