「それよりも、早くピアノ弾こう!」
 

音楽室に入った瞬間、企んでいるのか、純粋に言ってるのかは分からないが、一気にムードを変えるようにそう言うと、ピアノの椅子に迷うことなく座った。
 

そんな向日葵の態度に、俺は不信感を忘れてしまい、微笑ましく思いながら「いいよ。何を弾く?」と質問した。


すると、向日葵は「あ」と言って、立ち上がる。
 

「日向君、昼休みの時、リストの『パガニーニ大練習曲 第六番 主題と変奏』を弾いてなかった?」 
 

しっかりと、フルネームで言っている。向日葵も、ちゃんとしたピアニストなんだなと、改めて実感しながら、俺は「うん」と答えた。
 

「あれさ、耳コピしたいから、一回弾いてくれない?全部は無理だから、最初の二、三小節ぐらいだけ」
 

「え?耳コピできるのか?」
 

思わず聞き返してしまった。
 

最初の二、三小節部分だけでも、結構耳コピは難しいくらいの、複雑な音の連鎖だ。


俺が耳コピしてみと、と言われたら無理に決まってる。
 

ところが、向日葵は平然と頷いた。
 

「うん。たぶん出来るよ」
向日葵の言葉に、俺は正直、少し脅威を感じてしまった。

もし、向日葵が盲目じゃなかったら、たぶん向日葵はものすごいピアニストになっていただろう。