すると、向日葵がちょっと目線を下げながら、俺に顔を向けた。

その瞳は、微かに濡れているように感じた。
 

「あ、日向君。こんにちは」
 

「授業が早く終わったから、迎えに来た。なんか先生と話してたか?」
 

遠回しに質問してみる。

すると、向日葵の代わりに答えたのは、慌てて作り笑いを浮かべる、淀野先生だった。
 

「ううん、なんでもないのよ。さ、向日葵さんも行きなさい」
 
「あ、はい。先生、さようなら」
 

自然に挨拶する向日葵。先生も、「さようなら」と、この前の時のように、優しく返した。
 

「行こっか」
 

俺に向かって向日葵は微笑む。いつもと何一つ変わらないその笑顔に、一瞬、俺が今まで見てた光景は、全て嘘なんじゃないかと思ってしまいそうになる。

いや、思いたかった、という方が正しいか。
 

「ああ。行こう」
 

二人で階段を上がる。三階の廊下を歩いても、俺は話題が見つけられず、無言の状態が続いた。
 

「…そ、そうだ。昼休みの時、びっくりしただろ?ごめんな」 
 

物だらけになった押し入れから、何かを引っ張り出すように、俺は伊藤の少し積極的すぎた態度を思い出し、とりあえず謝っておく。

もちろん、何か会話を作りたかったからだけだ。


「ううん。全然大丈夫だよ。ちょっと、喋りかけてもらって混乱した人もいたけど」
 

伊藤の事を言っているのだろう。


向日葵の言葉に、やっぱりどの人間にも共通なんだな、と一人で納得した。