俺は、父さんのゆっくりと重々しい一音に、じっと耳を傾けた。
「だから、もし今回も、母さんがお前を殴ろうとしたりでもしたら、今度こそ止めようと思ってた。まあ、必要なかったようだけどな」
そこで、父さんは冗談めかしに弱く笑うと、俺にすがるような瞳を向けた。
「許してもらわなくてもいい。今さら、と思わせて当然だ。でも謝らせてくれ。本当にすまなかった」
父さんが、頭を下げる。深く、何十秒と頭を下げていた。
言葉にならない、感じたことない気持ちになった。安心感と言うべきか、嬉しさと言うべきか。
とにかく、嫌な気持ちではなかった。心臓を強く縛り付けていた紐がほどけるような、すっとした気持ちになった。
「…もう、いいよ、父さん。父さんが思わず逃げた気持ちも、今ならわかるから。逃げたいって思う気持ちも、ちゃんと分かるから」
それでも、父さんは顔を上げなかった。向日葵みたいに、瞬時に父さんの気持ちが分かった。頭を上げないんじゃない、上げれないんだ、と。
窓からは、眩いばかりに光る昼光が、うずくまった父さんの黒髪を、心地よく照らしていた。