その途端、俺は、体全体がふわっとするような、そのままどこまでも飛んで行ってしまいそうな、不思議な感覚を感じた。
母さんが、笑っていたからだ。さっきみたいに、クールに笑っているんじゃない。
温かく、包み込んでくれるような、それはまさに、『母親』の笑顔だった。
母さんは、今度こそリビングのドアを開けると、出て行ってしまった。
あの笑顔には、あの言葉には、どんな意味があるんだろう?
認めてくれた、という事なのだろうか…?
そう受け取っていいのだろうか?
「ああ、よかったぁ」
堪えていたものを吐き出すようにそう言ったのは、俺ではなく父さんだった。
なんで父さんが、という前に、父さんは寂しげに笑った。
「なんで父さんが安心したのか、と思っただろ?父さん、てっきり前みたいに、母さんが暴走して、日向を殴ってしまうんじゃないかと思ったんだ」
すぐに、母さんを止めることを諦めてしまった父さんが、記憶に蘇る。
何を今さら、と思ったが、そんな思いをかき消してしまうくらいに、父さんは切なげな表情をしていた。
「父さんな、ずっとあの時の事を後悔しているんだ。どうしてお前をかばってやれなかったんだって。もう、父親失格とも思ったりもして。何度も謝りたいって思ったけど、図々しいんじゃないか、余計に嫌われるんじゃないかって、結局自分の事ばかり考えて謝れなかった」