「この前さ、私が失明しちゃったときの話したでしょ?あれ、まだ最後まで話せてなかったなって」
そこで俺は、先週の事を思い出した。
失明して、辛くて泣き叫んだと、向日葵は話していた。
でも、そういえば、そのあとに『でも、でもね…』と何かを言おうとしていた。結局聞くのはやめておいたが、今思い出すと少し気になる。
「目が見えなくなって、辛くて、本当に辛くて。でも、その時、三歳からずっと続けていたピアノを弾いてみたの。そしたら、意外にも楽譜なんかなくたって弾けてさ。もちろんそれも嬉しかったけど、それ以上に嬉しいことがあったんだ」
徐々に話が進むにつれ、向日葵の顔は明るく、幸せそうになっていた。
「ピアノを弾いたとき、それまでは何も浮かばなかったのに、ある一枚の情景が、心の中に浮かんだんだ」
「情景?」
俺が聞き返すと、向日葵は頷いた。
「何にも見えなくなって、真っ暗だったのに、ピアノを弾いてる時だけは、私は心の中に、夢のような世界を見ることが出来るの」
そこで、向日葵は俺の方を向いてにっこり笑った。
目は合ってないけど、確かに俺に向けて笑っていた。
「日向君はさ、いつもピアノを弾くとき、心が真っ白になるって言ってたでしょ?」
「あ、ああ」