指に力を入れた。鋭い音が流れ出す。
終始同じリズムの曲。
明るいというよりも、ザ・クラシックという感じの曲調で、左手がつまずかないかが、この曲のキーポイントだ。
…いや、考えるな、考えちゃダメだ。
指がどこに動くとか、そんなのはどうだっていい。
失敗したって、まず自分が楽しい、聞いてる人が楽しいと思わなくてはならない。そうだろう?
「…いいね」
向日葵がポツリと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
好きになるには、まず楽しまなくちゃダメだ。
ややこしい音符や、難しいテンポにすべてを支配されては、楽しいという感情を持つ暇さえなくなる。
ほら、ひまわりが風に吹かれて揺れている。気持ちよさそうに、幸せそうに。
頭の中に、色んな人の顔が浮かぶ。
『好き』という感情をしっかりと持っている、伊藤、水田、黒西の顔。
しっかりと、『好き』の意味を知っている、小島先生の顔。
そして最後に、『好き』を教えてくれた、向日葵の顔。
心は真っ白になんかならなかった。むしろ、一人一人の顔が浮かんでくるたびに、幸せな気持ちになった。
音が聞こえる。これは俺が弾いている、俺が創り出している音なんだ。
真っ暗な闇になんかもう落ちない。俺は、もう地上に出た。
この不思議な気持ちは、なんと言い表せれるだろう。