『エスケープ?』
 
『そう、エスケープ。逃げ出すって意味だよ』
 

そんなことは分かっている。俺は、そう突っ込む余裕もなく、慌てて首を横に振った。
 

『い、いやいや、逃げ出すのは大胆過ぎだろ!俺てっきり、仮病とか、学校の用事とか、言い訳するのかと思ってた』
 

『えー。だって、それはなんかコソコソしてるみたいで嫌なんだもん。どうせだったらさ、パーっとダイナミックにやった方が、ムードあるでしょ?』
 

あまりにお茶らけた返答に、俺が言い返そうとすると、向日葵はすっと真面目な顔になった。
 

『それにさ、変な理由作ったところで、日向君のお母さんにそれは通じるの?』
 
『っ…』
 

言葉に詰まった。確かにそうだ。あの母さんが、熱が出たとか、吐き気がするとかで休ませるわけがない。たぶん、倒れてでも出ろ、とか言われるに決まってる。

学校の用事と行ったって、そんなものよりもコンクール優先、と言うだろう。


『…だね。うん、エスケープがいいかも』
 

そこで、向日葵は花が咲いたように、無邪気に笑う。

と、同時に、なんだか『狙い通り』と、作戦がうまくいった策士の笑顔のようにも思えた。
 

『よし、決まり!じゃあ、お家出てく前にこっそり抜け出してきてよ。七時以降だったらいつでもいいからさ』
 

『う、うん…』
 

流れで決まってしまったエスケープ作戦に、正直困惑してしまい、少し戸惑いの色が入った口調しか、この時の俺は出せなかった。