向日葵は、全く怒ってる口調じゃないし、顔も怒ってなんかいなかった。
でも、俺は昨日、先生に怒られた時と同じ気持ちになった。
嫌な気分なんかじゃない。
なにか、また気づかせてくれたという、目からうろこが落ちるような気持ちだった。
思えば、俺は三人や先生に、『これは好きなのかか?』と聞いてばかりだった。
そうして、勝手に一人で劣等感を感じてるだけで、そこからどうなのかと考えることをしていなかった。
自分で、自分の答えを見つけようとしていなかったんだ。
俺は、頭に力を入れると、大きく息を吐いた。
「…向日葵。今度の土曜日にピアノのコンクールがあるんだ。でも、今の俺じゃ出場は無理だと思う」
そこで向日葵はいたずらっ子のように笑って頷く。
「確かにね。今の日向君の状態でピアノのコンクールに出たら、観客さんにも、ピアノにも、日向君自身にも失礼だもんね」
俺の言いたいことにも、気持ちにも気づいたようだ。
ほんと、どこまで人の事が読めるんだと、心の中で苦笑する。
「どうしたらいいと思う?」
俺が聞くと、向日葵は「うーん」とわざとらしく唸りだした。
何て答えてくれるんだろう。
いつだって、奇想天外な発言をする向日葵は、何て言うんだろう。
向日葵は、「あ!」と声をあげると、俺に顔を向けた。
何か思いついたらしい。向日葵の笑顔がそう言っていた。
「エスケープ、なんてどう?」
向日葵のちょっと大人っぽくなった声が、古くなったこの教室を、包んだような気がした。