「うん。どの人にも優しくて、いい先生だよ」
三階の廊下を歩く。ふと窓を見ると、木の枝に雀の巣と、その中で卵と共に寝ている、雀の子供たちがいた。
思わず向日葵に伝えようとして、慌てて口を閉じた。
やっぱり、普通の事は当たり前に出来るような会話も、向日葵じゃできない会話はいくらだってあるんだ。
「…昨日はごめんね。毎週月曜日は、毎週学校に行かない事、すっかり言い忘れてた」
「え?ああ、別にいいよ。全然気にしてない」
本当は、どうして来ないのと聞きたかったが、それを聞く勇気はなかった。
というか、聞いたら向日葵もいやな思いをするんじゃないかと、直感で思ったから。
音楽室に入ると、向日葵は「ピアノ、ピアノ」と言って、バッグを放り出しながらピアノへと向かう。
その、生き生きとした態度に、いつもは微笑ましく思えるものの、今はなんだか妬ましく思う。
「向日葵は、やっぱりピアノ好きなの?」
「え?何、今さら。もちろん好きだよ。ピアノがなかったら、私生きていけないなぁ」
冗談じみた口調だけど、なんだか本気で感じられる。
だからこそ、俺は余計に気分が沈んでいく。再び、あの劣等感を感じてしまう。
「昨日、友達の部活見学に行ってきたんだ。皆、ちゃんと色んなことに対して、『好き』って気持ちを持っててさ」