『あなたは感情をなくして、ピアノを弾いていればそれでいいの!あなたは、ピアノを取ったら、生きてる価値がないんだから!』
 

『生きてる価値がない。』
 

その瞬間、大量の真っ黒なインクが、俺にかかってきた。


絶対にぬぐい取れないくらいに、大量のインクが。
 

分かってる。母さんも、この時はちょっと興奮しすぎて、いつもよりも荒い言葉を使ってしまっただけだって。
 

でも、それからだった。ピアノを弾くたびに、感情を無くしてしまうようになったのは。


 










目を開けると、俺はピアノの蓋を開けて、指を鍵盤の上に置いた。
 

嫌でも覚えている、『革命のエチュード』を、奏でてみた。
 

指はすべて覚えていた。音も正確で、リズムも強弱も、ばっちりだった。
 

でも。
 

消えていく。心の中にあった、色んな感情が消えていく。
 

母さんに対する呆れが消えていくと同時に、向日葵からもらった、あの『幸福』までもが、消えていく。
 

なぜだ?向日葵と弾いてる時は、こんなことなかったのに…。
 

何もかもが消えていく。
 

そして最後に、向日葵の姿が見えた。向日葵は、楽しそうにピアノを演奏していた。
 

そして、こっちを向いて笑った。
 

『楽しいね!』
 

でも、そんな向日葵の姿も、溶けるように消えていく。