『空川さん、この子は天才ですよ!』
小学三年生の時だった。当時通っていた、ピアノ教室の先生の一言。
それで、俺の人生は大きく変わった。
『ほんとですか?私から見ると、普通の子と同じように見えるんですけど…』
『いえいえ、とんでもない!プロのピアニストが挑戦するような曲を、彼は完全にマスターしてますし、絶対音感だってかなりのものです。このまま鍛えていけば、きっと素晴らしいピアニストになりますよ!』
当時の俺にとっては、話の内容も難しかったし、ただただ褒められているんだと思っただけだった。
その頃は、ピアノは大好きだったし、ピアノを弾いてる時が何よりもの至福だった。
だから、ピアノで褒められることも、俺にとっては嬉しいことだった。
しかし、そう言われたのを境に、母さんは俺をコンクールに出し始めた。
それでも最初の二年間ほどは、年に三回ほどしかコンクールには出ていなかった。
でも、俺がコンクールで連続優勝を飾ると、母さんは気が狂ったように、俺をたくさんのコンクールに出した。
その年は、三十回ほどのコンクールに出た記憶がある。
父さんは、一応俺の事を気にかけて、一度母さんにも「出させ過ぎなんじゃないか?」と言ってくれたこともあったが、それでもいつも仕事優先で、夜遅くに帰ってくるような父さんには、母さんを止めるほどの威力はなかった。
当時は小学生だったから、大してやることもなかったし、コンクールの数が増えようと、どうってことなかった。
ハードではあったが、ピアノが楽しいことに変わりはないわけだし、さして苦ではなかったのだ。
しかし、中学生に上がってから、勉強もハードになり、中々ピアノとの両立が難しくなってきた。
そして、俺をピアノ嫌いにさせ、俺の音色から感情を奪い取った、あの事件が起こる。
当時、ピアノの練習をしすぎて、勉強の成績が悪かったり、周りの子たちのように自由に遊べなかったせいで、少しイライラしていた。
そして、コンクールでピアノを弾いているときも、思わずそのイライラを、ピアノにぶつけてしまったのだ。
それなりに難しい曲にはチャレンジしていたが、表現力で大幅に減点し、それまで優勝ばっかり取っていたのにもかかわらず、初の三位を取ってしまった。
そして、コンクールが終わって、母さんのところに戻ると。
バシッ
一瞬、何が起こったか分からなかったけど。
すぐに分かった。頬に、強い痛みを感じたから。
痛みが広がっていくと同時に、俺は殴られた、というショックが、俺の心臓の鼓動を早めた。
『あなたはピアノを弾く運命なの!』
母さんはそう叫んだ。俺に向かって、いつも上品で絶対に声なんか荒げないのに、俺を鬼のような目で見て叫んだ。