──今思えば、両親や育ててくれる人もいないましろが車など持っているはずがなく。

心臓が弱く自転車なぞ使えないからこそ何もなかったのだろう。
その時の優夜は何も知らなかった。
浮かんだ疑問に思いうことはあるこそすれ、それを口にすることは結局なかった。
なぜだろう、なぜかは分からないが、彼女が家についたときに、ふと寂しげに瞼を震わせたのを見たから、だったのかもしれない。聞いたら、彼女をすごく悲しませる。なぜか、そう思ったのだ。

名前を知りたい、と言ったら、彼女は小さな声で月島ましろ、と名乗った。
月島ましろ。とてもあんたらしい綺麗な名前だと思う。そう伝えると、ましろは面食らったような顔をした。
目を丸くして、口をぽかんと開けて、え?とでも言うかのような、そんな表情。初めて目に見えた感情の表れに、

「君、変わってるってよく言われない?」

「初めて言われたな」

優夜が思わずくくっ、と笑ってやると、そう、とましろは呟いた。
その声音が先ほどまでと違い随分と柔らかいように聞こえて、あれ、と思ってましろの顔を良く見てみる。