高校3年生の夏休みを迎えたわたし、千葉紬(ちばつむぎ)は、浮かれていた。

美容系の専門学校への進学が決まり、勉強に追われない日々。
そんな夏休み初日、わたしはあるグループの飲み会に来ている。
10名ほどの大学生と2人の社会人の影に隠れ、年齢確認をすり抜けたわたしは
高校生の身でありながら大好きなビールを片手にほろ酔い気分を楽しんでいた。

1ヶ月前、ずっと好きだったバンドのライブに初めて行った。
そこで知り合ったグループ。
わたし以外のメンバーはツイッターで交流があったらしい。
その内の一人、香川紗枝(かがわさえ)とライブ中の席が近く親しくなり
グループを紹介してもらった。
紗枝は大学3年生。ショートヘアのよく似合う小柄な女の子。彼氏はいないらしい。
グループ全員の顔と名前を覚えているわけではなく
しかも人見知りが激しいわたしは、お酒が回ってきても紗枝の隣から離れられなかった。

「紬ちゃん飲んでる?」
グループで一番年が近いらしい大学1年生の福島陽佑が話しかけてきた。
「飲んどるよ。陽佑くん、顔真っ赤やね」
「そうなんだよ、俺すぐ顔に出ちゃうんだよねー!でもまだまだ行けるからつむちゃん乾杯しようよ」
今時の大学生、というノリでガツガツ話しかけてくる。
ライブ以来、グループメンバーに会うのは2度目だが、わたしには分かる。
陽佑は多分、わたしのことが好き。
ライブ後に連絡先を聞かれ、頻繁にラインを送ってきていた。
2人で遊びに行こうとか、ちょっとチャラチャラした感じ。
彼氏はいないけど、細身で身長もわたしより数センチしか高くない陽佑は、正直タイプではない。

今まで出来た彼氏は1人。
中学卒業時にずっと好きだったクラスメイトから告白され、1年ほど付き合ったが
高校が違ったのですれ違いが多く、自然消滅だった。
そうやって簡単に消えてしまうのなら、彼氏なんか面倒臭くていらないと思っていた。

「紬ちゃんって、ちょっとだけ関西弁入ってるよね!可愛いな」
「ちっちゃい頃、関西に住んどったん」
「そうなんだ!ねね、明日俺バイト休みで暇なんだけど、遊ぼうよ」
ラインだけでは飽き足りず、ガツガツ攻めてくる。
「明日は1日バイトなん、ごめんね」
「えーじゃあ明後日は?」
「明後日は高校の友達と遊ぶ約束してて」
「俺紬ちゃんと遊びたいんだよね!予定合わせようよ!」
タイプじゃない男と2人で遊ぶほど暇じゃない。
「陽佑!紬困ってるじゃん!」
紗枝の助け舟が来た。
「紗枝ちゃんは怖いなー」
「なんやとー!!」
2人でじゃれ始めてくれた。紗枝は男の扱いが上手い。

「3人でなーに盛り上がってんの」
話に入って来たのは宮城大志(みやぎだいし)。グループ最年長の23歳、社会人。
「陽佑が紬ちゃんナンパしてんの!」
「ナンパって、ちょ、俺はただ純粋に紬ちゃんと遊びたいんだって」
「はいはい、ちょっとあっち行って頭冷やして、紬ちゃんから離れなさい」
紗枝はそのまま陽佑を引き連れて長卓の反対方向で盛り上がっている話の輪に入って行った。
陽佑が離れていったのは嬉しいが、大志と2人取り残されてしまった。
ちなみに大志とはまともに話したこともない。

「紬ちゃんだっけ?俺、宮城大志。話すの初めてだよね?よろしくね」
陽佑とは正反対の優しい、余裕のある穏やかな口調。
さすが社会人とでも言うべきか。
「千葉紬です。よろしくお願いします」
「そんな硬くならなくていいよ!敬語もいらないよ。
それより陽佑が変に絡んでごめんね、あいつ紬ちゃんのこと狙ってるんだよ」
「あ、いや、あんまタイプじゃなくて…」
「ふはっ、案外言うねー紬ちゃん。そういう子好きだわ」
あ、笑った。笑うと目尻にシワがきゅっとなって、大人なはずなのに、少年のよう。

そのまま大志と解散まで2人で話し続けた。
彼女は2年程いないこと。大学を卒業して社会人1年目。
今は実家に住んでいて、その実家がわたしの家から1時間程かかるところにあること。
お酒がすごく好きで、強いこと。
他愛もない話を話し続けた。
会うのは2度目、話すのは初めてなのに不思議と居心地が良くて
お酒を飲むペースも同じ。
今までビールしか飲まなかったわたしにオススメのお酒を教えてくれて
それを2人で飲み続けた。自覚はなかったけど、わたしも強いらしい。

解散する頃にはフラフラになっていた。
翌日はバイトだったので、大志と連絡先を交換して2次会には行かず終電で帰った。
帰り道、陽佑から「帰っちゃったの?」「紬ちゃんともっと話したかったよ」と何度か連絡が来ていたが全て無視し、交換した大志の連絡先をしばらく眺めていた。