一杯1000円もするのにさほどおいしいとも思えないミルクティーを飲みながら、緋咲はふかふかのソファーにぐったり座っていた。
いつもなら見ている携帯も今は触る気持ちになれず、バッグに突っ込んだまま。
貴時の対局が迫っているせいなのか、それとも何か別の理由なのか、身体の奥がざわざわとしてどうしようもなかった。

ミルクティーはいまいちでもソファーの座り心地はよく、身体を預けると包まれているようで安心する。
行儀悪くもたれて天井を仰ぎ見ているうちに、いつの間にか瞼が下りていた。
目を閉じると、幼い貴時がこちらに走ってくる姿が浮かぶ。
本当に小さい頃はまろぶように駆けてくるので、その身体を抱きとめ、至るところに頬擦りしたものだった。
今でもありありと、あの高い体温を思い出せるのに。

ふっと世界が陰ったので目を開けると、すっかり大きく成長した貴時が真上から見下ろしていた。

「きゃあ!!」

「こんなところでよく眠れるね」

「もうー! びっくりさせないでよー」

貴時は笑いながら向かいのソファーに座る。
バックンバックン動く心臓を力づくで止めるように、緋咲はニットワンピースの胸元をぎゅっと握った。

「ブレンドコーヒーひとつ」

注文を終えた貴時はまだ笑みを含んだまま、ハンカチでメガネを拭いている。
きちんと結ばれたネクタイのブルーが、照明の当たる角度によって色合いを変化させていた。

「……トッキー、スーツはよく着るの?」

「めったに着ないよ。なんで?」

「なんか、着慣れてるから」

「ああ、制服もブレザーにネクタイだから、そのせいだよ」

ふーん、と答えて、ともすれば貴時ばかり見つめてしまう視線を、無理矢理手元のカップに落とした。
冷めたミルクティーは一層味が感じられないけれど、600円分残すのはもったいない。
貴時は運ばれてきたコーヒーをブラックのままひと口飲んだ。