昼間の賑わいが幻のように、フードコートには貴時と緋咲のふたり以外に2組しかいない。
ワッフルコーンにのったアイスクリームを、添えられたスプーンでひとさじ口に入れて、緋咲は本日一番の笑顔を見せる。

「あ、おいしーい! トッキーの努力と汗の味がする」

「それ、おいしくなさそう」

突然ピルルルと着信音がして、貴時は緋咲の顔を見る。
緋咲はスプーンを口にくわえて、ポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを確認するとそのまま切った。

「出ないの?」

「いいの、いいの。彼氏だから。後でかけ直す」

貴時は何も言わず、俯いてアイスクリームを口に運び始めた。
その手はごく普通の手に見える。
これが駒を持つだけで急に空気が変わるのだから、駒には何か職人の念でも入っているのだろうかと、緋咲は愚にもつかない妄想をした。

「ちゃんと、オシゴトしてたね」

イベントでの対局や指導は、将棋の棋力以外にもたくさんの能力が必要となる。
人前に出る度胸も、初対面の人と話すコミュニケーション能力も、人によって対応を変える応用力も必要だ。

「慣れてはきたかな」

「指導も向いてそうだったよ」

「嫌いじゃないよ」

「そういう道もあるのかもしれないね」

時にやさしく、時に厳しく、たくさんの子どもを見守り育ててきた大槻を思い浮かべながら緋咲は言った。
しかし、貴時ははっきりと言う。

「俺の道はひとつだよ」

じっとスプーンを見つめて、貴時は繰り返した。

「……ひとつでいいんだ」

貴時がふたたびアイスクリームを口に運ぶのを見て、緋咲も止まっていた手をようやく動かし始めた。