「新聞に載ってるのはチラッと見たけど、こんな将棋教室開くようになったんだね」

いまいち状況を理解しきれていない河村に、ちゃんと説明しようか一瞬考えて、緋咲は結局笑顔で聞き流した。
河村の息子である健也は、駒を積み木にして遊んでいたが、すぐに飽きてあちこちに投げ始めた。
木製で大きいため、ぶつかったら怪我をしかねない。

「これはどうかな?」

緋咲はマットの上に駒を立て、バタンバタンと倒し始めた。
8枚しかないドミノでも、一枚が大きくて重さがあるから迫力がある。
健也がせがむので、緋咲は何度もそれを繰り返した。

「それで、緋咲ちゃんは貴時君と付き合ってるの?」

バタンバタンと駒が倒れる中でも、その声ははっきり聞こえていた。

「……え?」

明らかに驚いた表情をしていたのに、河村は緋咲の返事を待っている。

「いえ、まさか! ないです、ないです!」

両手と首をぶんぶん振って否定した。

「じゃあ今日は将棋しにきたの?」

「将棋は、できません」

「じゃあなんで?」

健也が駒を自分で立てようとして失敗し、癇癪を起こし始めた。
河村はそれにも慣れた様子で、駒を立ててやっている。

「単に、送迎です」

「ふーーーん」

河村は納得できていない表情で、倒れるドミノを見送った。

「大体、私とトッキーじゃ、年齢が違いますよ。トッキーなんてまだ高校生ですから」

「え? そうだっけ?」

河村は振り返って指導を続ける貴時を見た。
大人も子どもも相手に将棋を教える姿は堂々としていて、何も知らない人が見たら高校生とは思わないかもしれない。

「そうです。高校二年生です。私とは5歳も違うんですから」

「5歳差は別にたいしたことないけどね」

そこはあっさり否定して、河村はまた駒を並べる。

「うちの奥さん、俺より8歳年上だし。暮らしていけばどんどん気にならなくなるな。あ、出産とか年金の話のとき考える程度」

かつて階段ですれ違ったほっそりした女性を思い出す。
河村と並んでいても、特別違和感も持っていなかったが、奥さんが20歳のとき、河村はまだ小学生だったことになる。
あと5年したら貴時は22、緋咲は27。
確かに差は小さくなるような気がする。

さすがにドミノにも飽きた健也が河村を引っ張るので、面倒臭そうに立ち上がり、靴を履いた。

「アイスでも食べに行くか?」

「いくー!」

健也にも靴を履かせ、河村は緋咲に手を振る。

「じゃあ、どうもー」

「はい。ありがとうございました。健也君、バイバイ」

結局緋咲に馴れなかった健也も、小さく手を振ってフードコートの方に歩いて行った。