「でも、母さん、どうしてそんな冗談を言ったのかな?」


私の問に並木主任は「さぁな」と答え、皿の上に落ちたコロッケの欠片を指で摘まんで自分の口に放り込む。そして「お母さんのコロッケ最高だな」と絶賛した後、唇をペロッと舐め私を見た。


「お母さんは、俺とお前が付き合ってないってこと、知ってるぞ」

「えぇっ! そうなの?」

「あぁ、翔馬が風呂に入っている時、お母さんに言われたんだ。翔馬の前だけでいいから、お前と付き合っているフリをしてくれって」


何それ? 付き合っているフリってどういうことよ?


その理由を聞こうとした時、翔馬が帰ってきた。


私達が居るキッチンに駆け寄って来た翔馬は、抱えていた紙袋をダイニングテーブルの上に置き、息を弾ませ笑っている。


「ツレの子に付き合ってもらってお勧めの参考書買ってきたよ」

「参考書?」


あんなに勉強しろと言っても全くいうことを聞かなかった翔馬の言葉とは思えず、もう一度聞き返すと、少しはにかんだ笑みを浮かべ照れ臭そうに言う。


「俺、大学に行くことにしたから」

「えっ! どうして? なんで大学行く気になったの?」

「並木さんに言われたんだよ。研究者になりたいなら、大学に行けって」

「研究者って……初めて聞いたんだけど……」


翔馬にそんな夢があったとは驚きだ。でも、それ以上に、姉の私にも言っていなかった自分の夢を、昨日会ったばかりの並木主任に話していたということの方が驚きだった。


「翔馬はな、遠慮してたんだよ。理系の大学は授業料が高い。国立の受験に失敗して私立に行くことになったら家族に迷惑を掛けることになるからってな」