違う……並木主任が好きなのは私じゃない。だって、彼には彼女が居るんだもの。でも、結果的に唯がそう誤解して並木主任を諦める気になったのは良かったのかもしれない。


これでやっと本当のことが言える。


「あのね、唯……並木主任、東京に彼女が居るんだよ……」


私の話しを聞き終えた唯は『そういうことか……』と呟き、フッと小さく笑う。それは諦めという名の苦笑い。


唯との電話を切った後も、そのため息混じりの苦笑いが耳に残って離れない。気付けば私も苦々しく顔を歪め笑っていた。


なんだろう、この後味の悪さは? やっと唯に本当のことが言えて肩の荷が下りたはずなのに、全然スッキリしない。妙に切なくて、なんとなく憂鬱で、気持ちが沈んでいく。


そしてぼんやり宙を見つめていた私の頭に浮かんだのは、ファーストキスのあの場面。すると並木主任の柔らかくて温かい唇の感覚が鮮明に蘇ってきて沈んでいた心が大きく揺れる。


並木主任には"下手っぴなキスだった"って憎まれ口を叩いてしまったけれど、本当は、溶けてしまいそうな極上のファーストキスだった――


あ……もしかして、私……


それが自分の本音だと気付き愕然とした。が、それを認めたくなくて込み上げてくる熱い想いを心の奥に押し戻す。


彼女が居る人のことなんか考えちゃダメ! とにかく並木主任には帰ってもらわないと……その為には、母さんや翔馬に、並木主任は私の彼氏じゃないってことを分かってもらわないと……