「そういうワケで……お騒がせしました」


平然と微笑む並木主任に山辺部長も呆気に取られ言葉を失っていた。なので、それ以上追及される事無く無事解放されたのだけれど、私は納得いかない。


廊下の角を曲がり山辺部長の姿が見えなるなると、私の肩を抱いて歩いている並木主任の腕を振り払い、事情を説明して欲しいと詰め寄った。だが、彼は何が可笑しいのか、ケラケラと笑い出す。


「さっきの山辺部長の顔見たか? キョトンとして面白かったよな?」

「面白かったって……まさか、山辺部長をからかう為に、えっと、その、キ、キスをしたんですか?」

「あぁ、めっちゃウケたよな」


そんな理由で大切なファーストキスを奪われたのだと思うとショックで顔がヒク付く。


「何が面白いんですか? 全然面白くないですよ。並木主任の悪ふざけに私を巻き込まないでくださいっ!」


怒鳴る私を不思議そうな顔で眺めていた並木主任だったが、急に目を細め、私の唇に人差し指を押し当ててきた。


「悪ふざけとは聞き捨てならないな。ちゃんと約束したろ?」

「約束……?」

「あぁ、お前のその唇がどのくらい柔らかいかキスをして確かめてもいいて……お前にとってキスは挨拶代わりなんだろ?」


あわわわ……山登りの前のあの会話、まだ覚えていたんだ……でも、あんなに強がっておいて今更、ファーストキスだったなんて言えない。


また私の面倒くさい意地っ張りな性格が顔を覗かせたのだが、その絶妙なタイミングで並木主任が余計なことを言ってくれる。