トイレはこの廊下の突き当りを右に曲がった所だと女将から説明を受けていた。


言われた通り、鹿威しの音が微かに聞こえる廊下を突き当りまで進み右に曲がると、大きな池を囲うようにコの字型の廊下が現れ、それはまだずっと先まで続いている。


仕方なくそのまま廊下を歩いて行くと、途中で壁にもたれ掛かってピクリとも動かない背の高い男性の姿が見えた。


あれって並木主任だよね?


機嫌を損ねて帰ってしまったんじゃないかと思っていたから心底ホッとして笑顔で駆け寄ったのだけれど、彼はすぐ後ろに居る私に全く気付く気配がない。なので背中を突っつき、声を掛けてみた。


「並木主任、こんな所で何してるんですか?」


するとビクッと体を震わせた並木主任が振り返り、焦った様子で私の口を大きな手で覆う。


「バカ! 大声出すな!」


驚いた私はジタバタと暴れて抵抗したが、並木主任の力に敵うはずもなく口を押さえられたまま羽交い絞め状態。


えっ? 何? どういうこと?


軽くパニックになり、足で壁を思いっきり蹴ると個室の障子が音もなく静かに開き「騒がしな。何事だ?」と聞き覚えのある声がした。


この声は……山辺部長。


そう思った次の瞬間、押さえ付けられていた口が解放され、代わりに唇に何か温かいモノが触れた――


一瞬、何が起こったのか分からず大きく目を見開くと、並木主任の顔が私の視界の全てを占領していて、それでやっと、その温もりが彼の唇だと理解した。


えっ……これってキス? 私、並木主任とキスしてるの?


放心状態の私の体を包むように抱き締めた彼は、慣れた様子で何度も角度を変えキスを繰り返す。その度に並木主任の熱い吐息が頬を掠め、あの優しい香がフワリと漂う。