今回の商品化は本社でも期待していたらしく、それがパアになってしまったから上層部はかなりご立腹で、社内の雰囲気は最悪らしい。


「なるほど……常務秘書の栗山さんならではの情報だね」


私がボソリと呟くと唯が少し躊躇いながら「後悔……してない?」って聞いてきた。


「後悔って?」

「本当だったらさ、紬は今頃、本社の秘書課でバリバリ仕事していたんだよ。大企業の役員秘書になるのが夢で秘書検定の一級も取ったのに……」

「あぁ……それか……」


私は中学時代、企業訪問で役員秘書の仕事を体験し、それ以来、秘書という仕事に憧れを持つようになっていた。


その思いは大学生になっても変わらず、就職に有利になるよう大学二年の時に秘書技能検定の中でも一番難易度の高い一級を取得した。


でもその頃、父親の病気が判明してそれどころじゃなくなってしまったんだ。父親が入院して働けなくなれば、家族の生活は苦しくなる。だから私は大学を辞めて働く決心をした。


しかし父親はまだ働けるから夢を諦めるなと、私が大学を辞めることを許してくれなかった。


それから二年、私がバイオコーポレーションの本社秘書課に就職が決まったのと時を同じくして父親が治験候補に選ばれた。これで父親の病気が治るかもと喜んだのだが、その直後、父親の様態が急変した。


「後悔なんてしてないよ。私は父さんの傍に居たかったから地元の研究所勤務を願い出たの。そのまま本社の秘書課に配属されていたら父さんを看取ることはできなかったもの」