「この靴、高いんでしょ? 会社の若い女の子達が読んでたファッション雑誌に載ってたのと同じブランドの靴だもの。紬の彼氏っていい趣味してるじゃない」
母親は嬉しそうにヒールを眺めているが、私の顔は引きつっていた。
私が履いていたのはバーゲンで買った安物。なのに、こんな高級なヒール……受け取るワケにはいかない。
慌てて母親の手からヒールを奪い取り、シューズケースに戻そうとしたが、時すでに遅し……だった。
母親はこのヒールを玄関前で見つけた時、試しに履いてみたと笑顔で宣う。
「はぁ? 嘘……でしょ?」
「ごめんね~可愛かったから……つい。でも、さすが有名ブランドの靴ね。凄く履きやすかったわ。紬と私は足のサイズが一緒だし、シェアってことにしない?」
「もぉ~バカなこと言わないで!」
あぁ~どうしよう……外で履いてしまった靴を返すなんてできない。同じ物を買って返すしかないか……
しかし翔馬がネットで調べたところ、このヒールは最近発表されたばかりの新作で、十万円は下らないとか。
「じゅ、十万?」
そんな大金、一括じゃ無理だ。最低でも五回払いにしてもらわないと……
突然の手痛い出費にすっかり意気消沈し、せっかくのご馳走も喉を通らない。自分の部屋に戻ってからも体育座りをして暫くエナメルレザーのヒールを眺めていた。
でも、並木主任ってよく分かんない人だ。有無を言わさず人のこと振り回すくせに、優しい気遣いもできる。ホント、不思議な人……
気付けば、こんな調子で並木主任のことばかり考えていた。