その背中はすぐに小さくなり、砦のような外観の兵士の詰所の方へ消えてしまった。


やけに慌てていたけれど、見回りの交代の時間がきたのだろうか、とラナは遠くに見える詰所の小さな窓明りを見つめて首を傾げる。

けれども、カイザーの様子がおかしかった理由として、別の考えも浮かんできた。


(もしかして、私を女として意識したのかな……? やたらとマズイ、ヤバイと言っていたし……)


ふと思ったことに、ラナはすぐに首を横に振った。

(いやー、ないない。それはあり得ない)


カイザーは若い娘に人気がある。

警備や巡回などで街を歩けば、キャーキャーと黄色い声援が浴びせられるのだと、他の騎士がこっそり教えてくれたことがあった。

しかしカイザーは、ラナ以外の者に対しては無口で堅物な態度を取る。

当然のことながら女性を口説くことはなく、街の娘が頬を染めて彼に声をかけても、『任務中だ』と冷たく退けて、まるで興味を示さないらしい。

そんなカイザーが、誰に対しても、色恋めいた気持ちを抱くとは思えなかった。

ましてや兄妹のように育ったラナに恋愛感情を持つなど、どう考えてもあり得ないと彼女は考える。

それで、見回りの交代時間に違いないと結論を出したラナは、気持ちを切り替えて満月を見つめた。

明日、父に直談判するんだと、大きな決意を胸に秘め、ひとり、頷いていた。