もがくようにしてカイザーの手から逃れたラナは、会話が外に漏れないよう、今度は気をつけて意見した。

「決まりね。イブシゲルが悪の親玉で、密かに工場内で麻薬を作らせているのよ。確かな証拠を掴んで、早くアダモビッチ侯爵に処罰させなければ!」


ラナは王都の式典や宴で、これまで何度も侯爵と顔を合わせている。

いつも朗らかで人付き合いが上手な、四十五歳の紳士だ。

侯爵の周囲はいつも笑い声に満ちて、彼を嫌う貴族はいないだろう。


アダモビッチ侯爵の、人の良さそうな笑顔を思い浮かべているラナは、悪党が潜んでいることを教えてあげなければと意気込んでいた。

一方、オルガは浮かない顔をして、独り言のようにポツリと呟く。

「侯爵はなぜ、燻製工場を放置しているでしょう……」


その言葉でオルガに振り向いたラナは、目を瞬かせて首を傾げる。

「それは、皮膚病と工場の関係にまだ気づいていないからでしょ?」


侯爵が関係性に気づいているなら、とっくに悪党どもを捕まえて工場を閉鎖しているはずである。

そう思うラナには、オルガがなぜそこに疑問を持つのか理解できずにいた。


するとイワノフが「よっこらせ」と椅子から立ち上がり、丸眼鏡のブリッジを押し上げて言う。

「それもじきにわかることじゃろう。まずは皆で工場見学と参ろうかの」

「うん!」

力強く頷いたラナは、右手をぐっと握りしめ、やる気を碧眼にみなぎらせる。

(工場の秘密を暴いて、皮膚病に苦しむ可哀想な民を、私が救ってみせるわ!)