「アンタは弾けないの、こういうの」
「まさか!無理ですよ」
「……そっか。やってみる?」
「へ?」

一哉さんは私に自分の持っていたバイオリンを持たせてくれた。大事なものだし、高いのに、と思うと、少し緊張した。

「俺が教えるよ」
「本当ですか?」

でも、興奮した。
さっきとは違った興奮だった。

彼の体温がまだ残っていた。
久々の温もりも懐かしかった。

「じゃあ、弦押さえてみて」
「こうですか?」
「違う。もっと立てて」

彼は、優しかった。
ソルフェージュから教えてくれた。

彼の旋律には程遠いけど
私は、それでも頑張った。

「……じゃあ、今日は終わりにしよう」
「へ?今日は?」
「また今度も来たら?」

彼は私に紅茶を勧めてくれた。
苺の匂いが好きだった。

「良いんですか?」
「別に、構わないよ」
「邪魔になりません?」
「いや、もう公演とかはしないしね」

公演?
凄い、そんなのやってるんだ。
ってことは今年はないのかな……。

「今年はないんですか……。じゃあ、来年とかは聴きに行っても良いですか?本当私ファンになって……」
「辞めるんだ。これ」
「へ?」

そう、彼だって悩んでいた。
私が明るくなっているのを見て
彼は、どう思ったんだろう……?