木良の暴走は、カスミが。
サトルの暴走は、スミレさんが。
そして
幻の暴走は、ユウが止められると燐は考えたんだろう
だけど、なあ、幻。
どうしてだよ。
ユウが来たってのに
どうしてこっちを振り返らない?
「サトルさんが暴走族を嫌うのは」
小さな身ひとつで歩き進んでくる、ユウ。
「ミノルさんの怪我と、関係があるんですか」
「そのとおりだよ」
答えたのは、木良だ。
「テメェうちの弟になにしてくれてんだ……!」
「それ以上近づかないでね」
きっとサトルさんは
弟が暴走族に一方的に目をつけられた、と勘違いして憤慨している。
元凶はミノルで
本人が恨みを買ったとまでは考えていない
――というよりは、信じてきたはずだ。
家族として。
兄として。
ミノルは、そんな弟想いの兄をも裏切ったというのか。
ドーピングって言ったな。
そこまでして記録が欲しかったのか?
甘い汁を吸うことを覚えた人間は
こんなにも腐ってしまうのか?
「どうやらサトルは。幻のせいでミノルが怪我したと思いこんでいるみたいだね」
と、燐。
だから殴ったのか。
サトルさんは、幻のことを。
「思いこんで……いる?」
サトルさんが、燐を見る。
「おおかた幻を守る側の人間がサトルに報復した。それに感づいた幻は、『俺のせいです』とでも言って謝ったんじゃない? 悪いのは誰かな。少なくともボクは、幻は、なーんにも悪くないと思うね。だって被害者だから」
「そうだ。幻は、悪くない。なにもかも自分一人で背負いすぎなんだ」
燐と木良の意見が合致する。
「報復ってなんだよ。弟が、いったいなにしたって……」
「ちゃんと教えてあげなきゃね。君の弟は、救いようないクズだってこと」
木良が、ライターをポケットへとしまう。
「帰るよ。かすみ」
「は?」
「霧切も」
木良の怒りはおさまったのか?
いや。そうじゃない。
木良の復讐は、続くだろう。
今日のところは切り上げるというだけで。
「木良」
――――幻が、口を開いた。
「あの場所。覚えているか」
「……どの場所かな」
「待っている」
「行かないよ」
「来るまで、待つ」
「そんな約束。僕が守ると思う?」
「ああ」
こんなことがあっても
幻は、木良を信じるというのか?
「悪い、夕烏。先に帰ってろ。愁と燐と一緒に」
そう言って立ち去る幻は
一度も夕烏の目を見ることはなかった。
■花火
Side.幻
やってきたのは、河川敷だった。
バイクを止め坂の上に座る。
暫くすると
車の走行音が、近づいてきた。
「あの頃は、このあたりに。ラーメン屋台走ってたよね」
降りてきたのは、木良だ。
「そうだったな」
「幻が、塩で。林さんが醤油で。僕はとんこつ」
そういうと、俺の隣に座った木良。
車が走り去る。
「ミノルにかけたのは。ただの水だな」
返事がないのは、YESということだろう。
「やっぱりそうか」
「匂ったはずだよ。たしかにオイルのかおりが」
「フェイクだった。ちがうか?」
「…………」
「灯油は使っていないか。使っていたとしても多くはない。撒き散らしたように見せた。火の海にするつもりもなければ、最悪の事態に備えて避難経路は、確保されていた。霞は知らなくても。霧切はすべてわかっていたんだな」
倒れたやつはケガを負っていたようだが、致命傷を与えられたヤツはいないんじゃないだろうか。
それこそ木良がとりそうなのは、薬で軽く眠らせてしまう方法だ。
「そこら中に散らばった血痕に見えたのは、血糊か。あんな暗がりでのことだ。ミノル本人にそこが“危険”で、液体は“灯油”だと思い込ませるのは、そう難しくはなく。そうだな。ある程度の恐怖を、お前はあらかじめ植え付けていた」
「はあ。お手上げだよ、幻。どうしてわかったの? 現場検証なんてする時間なかったと思うけど」
「お前は、たとえ相手を死に至らせたいと思っても。その手は汚さないだろう?」
「さすが幻。僕のこと、よくわかってる。それでも僕の小芝居に付き合ってくれたんだ?」
「すまなかった」
「なんの謝罪?」
「お前の助言。無視したこと」
「……理解、できないんだ。どれだけ考えてもさ。あのときの幻の行動が」
木良の言葉を信じられなかったわけじゃない。
それでも俺はミノルを助けたかった。
たとえミノルが俺を陥れていたとしても。
「もしも時が戻せたとして。俺は、やっぱりミノルを放ってはおけない」
「どうして君はアイツに肩入れするんだ? ミノルが最低な男だということ。思い知ったろう?」
「それでも助けたい」
「……どうして」
「ミノルを狂わせたのは。俺だからだ」
ミノルは俺を恨んでいた。
「アイツが勝手に恨んできたんだろう?」
「それでもミノルがサトルさんを想う気持ちやスポーツにかける情熱は、紛れもなく本物だった。正しい道から外れてしまっただけで。それを叱ってやれる大人がいたら。……ミノルは心にもっと余裕が持てていただろう」
「悪いのはミノルでなく。ミノルを取り巻く環境だったといいたいの?」
そうは言っていない。
どんな環境下でも強い意志や信念を持ち、正しい選択を選び続けている人間だっているだろう。
だから、道を誤った者を甘やかすつもりはねえよ。
「あの怪我は。半分は俺の責任で。もう半分は、ミノル本人の責任だ」
「だからさ。幻は、なんにも悪くないって」
「ミノルは、もう十分報いを受けた。自由にしてやれ」
「……僕は、アイツが大嫌いだね。もっとトラウマ植え付けてさ。自分から死にたくなるように仕向けたい。怯えながら。毎晩悪夢にうなされながら暮らせばいい」
「そんなことをしたら。霞が、悲しむ」
「……君がそれを言う?」
「そうだな。一番悲しませている人間が、言う台詞ではなかった」
「自覚あるのがタチ悪いよね」
「俺がミノルを救うのは。なによりアイツの兄に、夕烏が世話になってるからだ」
「……は?」
「それ以上の理由。存在しない」
ミノルのこと、信じていた。
信じたかった。
だけど俺はなにも見えていなかった。
裏切られ、傷つき。
それでもまた、新しい仲間と出会った。
愛する女が、できた。
「サトルさんのおかげで。夕烏は、幸せそうにしてやがるんだ。いきいきと働いて。やり甲斐を見出している。あの人の弟を救ってやる理由には。十分すぎると思わないか」
「……君、本当に変わったね」