――正門愁太郎
警察の上層部を父に持つ男。
夕烏は、そんなやつの家に上がり込んでいる。
やつが、夕烏を変えたのか?
それとも。
――川崎。
黒梦の総長。
夕烏と、あの夜にファミレスにいた男。
そいつが夕烏を変えたというのか?
あんな連中といるのがお前の幸せなのか?
もしも、あの町に留まる理由が
仕事でも自由でもなく
“男”なのだとしたら、放ってはおけない。
夕烏が誰かを愛することを許さない。
俺と結ばれる以外の道を選ぶな。
ひとりぼっちだった夕烏のこと
ずっとずっと、想ってきた。
どこにも逃がさず
目の届く範囲に、置いてきた。
俺よりあいつを愛してやれるやつは、いない。
あいつが受けた苦しみを一番に理解してやれるのも、俺だけだ。
おい、夕烏。
お前が腹が減っていたとき
手付かずのサラダ、食わせてやったろ。
……食えるのに、苦手だと偽って。
離れに毛布を用意してやったろ。
あの女の目を盗んでやれることなんて、限りがある。
今はまだ正面から守ることはできない。
それでも覚悟はずっと前からできている。
人生をかけて、幸せにしてやる。
幸せにしてやるとも。
覚えているか。
以前、一度だけ。
お前に近づこうとしたことがあったろ。
【よく育ってんな。俺のドレイになるか】
見ていられなかったんだ。
心を鬼にしきれなかった。
だから――。
【身体使って奉仕しろよ、夕烏】
あんなことを言った。
【いい思いさせてやるから】
慰めてやりたくて。
抱きしめてやりたくて。
……愛して、やりたくて。
そんな俺をお前は、拒絶したな。
【お断りします】
あの言葉に俺は頬が緩んだ。
バカにしたかったわけじゃない。
操り人形のクセして
信念を持っているお前が好きだ。
改めて、お前が欲しいと確認させられたよ。
俺はお前をドレイになんてしたくない。
言いなりになる女なら腐るほどいるが。
寄ってくる女みんな、いらないんだ。
お前になにか求める以上に。
――俺が、お前に尽くしたい。
あの女のためでなく。
夕烏のために、生きていきたいんだ。
お前以外の女を相手してきたのは
お前に向けられない気持ちを発散させたかった。
お前への気持ちを誰かに悟られたくなかった。
ただ、それだけだ。
あの女を追い込んでやる。
役立たずで無能な優吾は追い出してやる。
すべて片付いたら俺と住もう。
「……だったら。要らないな」
今、夕烏を取り巻く環境。
要らないよな?
俺と幸せを手に入れるんだから。
戻ってこい。
一緒に苦しもう。
知らない男と幸せになるくらいなら。
どうか、不幸でいてくれ。
必ず迎えに行く。
俺から離れることも。
勝手に幸せになるなんてことも。
……考えるな。
俺以外のヤツを選ぶなんて
絶対に許さないからな?
■オクソク
Side.夕烏
「ねえ、ユウちゃんってば。聞いてるー?」
「え?」
燐(リン)さんの声が耳に入ってきたのは、家に着いてどのくらいたってからだったろう。
「洗濯もの、たたんでおいたよ」
「助かります!」
「あとね、来て来て」
手を引かれ、
燐さんの部屋に連れて行かれると
そこにあったのは――。
「じゃーん!」
白いチェストだった。
「かわいーでしょ?」
「……はい。すっごく」
ヨーロッパ調で、取っ手部分がクリスタルみたいな透明になっていて、とてもお洒落だ。
「ユウちゃんにあげる」
「えっ……いいんですか?」
とても綺麗で新品同様に見えるけど、これも、引っ越しで持ってきたものだろうか。
愁(シュウ)さんの家にお世話になることが決まったときは、まさか、燐さんまで同居することになるなんて考えもしなかったなあ。
「いいのいいのー。かわいい子に使ってもらいたいんだ」
実を言うともう少し荷物が整理整頓できたらなって思っていた。
けれど家具を買うような贅沢、わたしには当分できっこないし――そもそもに居候の分際で愁さんの家に物を増やすのはどうなんだろうと考えていた矢先にこのプレゼントは助かります。
「ありがとうございます!」
……しかし燐さん。
もはや愁さんより私物が多いのでは?
「愁、きて〜!」
燐さんに呼ばれ、愁さんがやってくる。
「なんだよ」
「これ、ユウちゃんの部屋に運んで」
どうやらチェストを移動してもらおうと愁さんを呼び出したみたいだ。
「あ? こんくらい運べるだろ」
「無理だよー。箸より重いもの持ったことないし」
燐さんそれはオーバーです。
「物騒なもん振り回してるんじゃねぇのか」
「あれは100グラムくらいしかないもん☆」
あ、あれって……
「箸より重いだろーがボケ」
「あは。こういうとき男手があると助かるよねー、ユウちゃん」
うんうんと納得仕掛けてハッとする。
「テメェも男だろうが」
愁さんの言うとおり。
燐さんは女の子のように可愛い顔をしているが、男の子なのだ。
天使のような笑みに油断していたら、隠し持ったナイフで脅される……なんてこともあるかもしれない。
「ったく」
眉間にシワを寄せながらも、ひょいとチェストを持ち上げる愁さん。
小さめとはいえ、しっかりした作りなので軽くはなさそうなのに。
男の子って、やっぱりすごい。
「愁さん、ありがとうございます」
「お安い御用」
愁さんは、本当に優しい。
「いやー、でも、ビックリしたなぁ」
…………?
「アルファベットの6番目」
「なんですかそれ、燐さん」
「んー? おおきいなと思ってね」
それが自分のブラのサイズのことだと気づくのにかかった時間、およそ十秒。
「マジか……」
愁さんがゴクリとつばを呑み込む。
「あれ、愁。おっぱい星人だっけ?」
「なっ……別に、そういうわけじゃねーよ」
動揺した愁さんが、
「ッ……てェ!!」
柱に小指をぶつけ、よろめいた。
「図星なのー?」
「アホか。だから、違う……」
「作ってこようか?」
燐さん!?
「やめろ」
「愁が望むなら♡」
「誰が望むかよ」
……愁さんのために胸を大きくする燐さん。
相変わらず漫才みたいな会話がツボです。
もちろん、冗談だよね?
ほんとに大きくしないよね!?
「やっといつものユウちゃんに戻った」
――!
自分の心が、さっきより落ち着いてきていることに気づいた。
「なにかあった?」
心配して顔を覗き込んでくる燐さんの髪が――。
「えっ。ピンク」
「嘘でしょ。今気づいたの?」
「……はい」
「ほんとに大丈夫?」
どうやらわたしは、
燐さんの髪色の変化に気づかないくらい、ボーッとしてしまっていたようだ。
「今日はアキバで新しいパソコンを手に入れて。そのあと、美容院でヘアカラーしてきたんだよ〜」
「パソコンいいの見つかったんですね!」
「うん。けっこうオマケしてもらえちゃったー」
値引きがきいたってことかな。
それとも付属品のサービス的な?
いずれにせよ、燐さんは買い物上手そうだな。
「根本までしっかり抜いてきたよ。この色、綺麗だけど維持が大変なんだよねー」
「そうなんですか?」
「ブリーチってヘアカラーより手間もお金もかかるし。頭皮痛いし。めちゃくちゃ傷むんだ」
燐さんのニューヘアスタイルは、銀にピンクメッシュが入っていて可愛い。
サラサラしていてそんなに傷んでいるようには見えないけど、意外とダメージあるのか。
「素敵です。カットもしたんですね!」
「は? 長さ変わったのか?」
愁さんが、燐さんを見る。
「全体的にすいた感じですよね。一番長いところの毛先の長さはほとんど変わっていないので、そういう意味では変化ないかもですが。全然違うヘアスタイルだと思います」
「そうそう。重めだったからシャギー入れたんだ。襟足は長さキープしてさ」
「あんま変わってねぇな」
「はあ。愁の目は飾りなのかな」
「なんだと?」
「フシアナ。無頓着。鈍感」
「うるせーわ」
そう言いながらも、愁さんが、どこかバツの悪そうな顔をしている。
「愁のバーカ」
「拗ねんなって」
そっか。
燐さんは、愁さんに髪型の変化に気づいてもらいたかったんだね。
「あの、燐さん。あれは?」
見覚えのない紙袋を、発見。
それも1つじゃない。
大きなのが3つ。
「服」
燐さんは既に洋服をたくさん持っているのに追加であんなに買ってきたことに驚いていると、
「新しいの買う前に、うちにあるゴチャゴチャした荷物どうにかしやがれ」
ため息をつく愁さん。
「だってー。今欲しかったんだもん」
「ったく」
「ていうか。1つは、愁へのプレゼントだよ?」
「俺に……?」
「いつも似たようなの着てるからねぇ」
愁さんは、シンプルな着こなしをしている。
燐さんのように原色だったり猫耳のついたパーカーだったりするような、個性の強い服は着ていない。
暗いトーンのシャツや落ち着いた色合いのジャケットを羽織ると途端に大人びて。
大学生通り越して社会人にだって見えますって言ったら嫌な顔されてしまうだろうか。
「俺は敢えて服に金かけてねーから、いいんだよ」
「そういうわけにはいかないよ。ダブルデートするんだから」
「は?」
(だ、ダブルデート……!?)