綺麗なものでもない?
「かなわないと、思った」
――――!
「幻の、あの子への想いは。あたしが考えていたより、ずっとずっと。大きかった」
幻のユウへの想いを目の当たりにしたら
誰だって怖気づくだろう。
俺だって最初は、この目を疑ったんだからな。
「出会ったの、あたしが先なのに。過ごした時間だって。あたしの方が長いのに」
角度は違えど、カスミの気持ちには、おおいに共感できた。
ユウを諦めたとき
幻とユウの幸せを願ったとき
どうして俺じゃダメなんだと
悔しい気持ちが、まったくないわけではなかったから。
それでも今は心から二人を祝福している。
「急ぐことはない。きっと。いや、必ず時間が解決してくれる」
「どのくらいかかるの」
「それは人によるだろう。俺が断言できることではない」
「誤魔化すのはいけないこと?」
「どうだろうな。適当な相手との曖昧な関係で心から満足できるタイプの人間ならそれでも満たされるかもしれないが。君はそうは見えない。君には、ちゃんと幸せになって欲しい。そういう相手を選んで」
「誰目線なの」
「……俺にもわからないが。そう感じた」
「どこの時代の男よ」
「時代遅れで悪かったな。とにかく君は女子なんだから、警戒しろ」
「もはや。親みたい」
「……仲間からも言われる」
「なにを?」
「認めたくはないが。俺は。どうやら、オカン気質らしい」
「……オカン?」
「基本的には面倒ごとに関わらないんだが。ときにお節介なところがあるせいだろうか。あとは、まあ。エプロン姿……とかな」
「ウケる。その顔でエプロンしてキッチンに立つの? お米といだり?」
「っ、普通だろう。一人で暮らしてりゃあ、そのくらい」
「だとしても、しないでしょ。エプロンまでは。さすがに。あはは」
お世辞にも上品とは言えない
偽りのないカスミの笑顔を、綺麗だと感じた。
「ほら。笑わせてやったついでに、幻の居場所教えろや」
「生意気な男って。だいきらーい」
その男とキスしようとしたのは、
どこの誰だっつーんだよ。クソが。
「……オシエテクダサイ」
燐ほど扱いづらいヤツはいないと思っていたが。
このカスミという女子も、たいがいだな。
女子相手に力で脅すわけにもいかねーし。
女の武器、持ち合わせすぎ……
という意味では厄介極まりない。
「ひょっとして、仲間。下で待たせてるとか?」
「ああ」
「ふーん」
「いちゃわりいかよ」
「……そこに。黒梦の姫もいる?」
少女が、俺をまっすぐに見つめてくる。
「ああ」
「シュウは。あたしから情報聞いたら姫の元に戻るんだ?」
「そうなるな」
「ウソ、教えるかもしれないよ」
「君は嘘をつけない」
「え?」
「君だって、幻を救いたいはずだ」
「……なに、言ってるの」
「あいつを助けてやりたい気持ちは。君も同じはずだ」
■少女の願い
Side.カスミ
『ずっと味方でいてくれてありがとう』
そんなの
単純に
あたしが、そうありたかっただけ。
『幸せになってほしい』
なりたいよ。
なりたい、けど。
…………あなたと幸せになりたかった。
一度でもいいから
女の子として可愛がってほしかったよ。
…………あの子に、なりたい。
――玄関の扉が閉まる音がして目が覚めた。
(幻が戻ってきた……?)
ううん、それはない。
どのくらい意識を失っていたかわからないけど
いくらなんでもはやすぎる気がした。
だったら
――そこにいるのは、誰……?
眠ったフリして
相手の出方を探るしかないと、思った。
「起きてくれ」
相手は、男。
声のトーンは低く。
ここであたしが眠っていることに
動揺していないみたい。
落ち着いている。
足音からして、入ってきたのは一人。
奥にまだ仲間がいないとも限らない。
ヤバそうなら、ひとまず叫ぶ。
お父さんが隣にいるはずだから。
ただ、
頼りになるかと言われたら微妙かな。
ダメ親父は今夜も酒を飲んでいるだろう。
そうなると、やはりこのピンチは
自分で切り抜けるしかないわけで――
「頼む」
そっと、肩を揺さぶられ
丁寧に扱われているというのが、伝わってきた。
どうやら、あたしに用があるらしい。
だったら――
「ん……」
ゆっくりとまぶたを開け
怯えてみせて
油断しきったところで、
形勢逆転を狙えばいい。
「君に、どうしても尋ねたいことがある」
「え……」
なんで、ここに
「誤解するなよ。怪しいもんじゃない。そこで、菊地さんに入室の許可はもらってきた」
「…………誰なの?」
黒梦のシュウが、いるの。
「驚かせてしまってすまない」
「なんなの。いきなり」
半分、演技。
もう半分は、本気で、焦った。
「怖がらないで欲しい。君に危害を加える気は少しもない。俺は、幻の友人だ」
話に聞いていたよりもずっと、
オーラがあったし。
「……幻の。友達?」
なにより、木良と幻以外の男とは部屋で二人きりになったことがない。
だから
噂でしか知らない男を目の前にして、固まりそうになった。
「ああ、そうだ」
圧倒された。
それでも、
「ほんとに?」
平静を装えたのは
あたしは羅刹の姫だって自覚があったから。
「本当だ」
この男を引き止めなきゃ。
木良を追いかけた幻を、仲間に追わせるわけにはいかない。
「じゃあ。友人くんに、聞くけど。さっきまで、このベッドで幻とあたしが愛し合っていたって言ったら。どーする?」
「……は?」
動揺させて。
「あなたの知らない幻を。あたしは、たくさん知ってるよ」
惑わせて。
時間、少しでも稼がなきゃ。