総長さんが甘やかしてくる③




「……潰れるのは羅刹〈ここ〉ってことで」

「は?」


――気づけば半殺しにしていた。


総長も、


右腕の男も、


俺の足元で夏の終わりに道端に転がっている蝉のように動かなくなっていた。


殺してしまったと思った。


だけど、かろうじて息はしていた。


あとで聞いた話では


やつらは二度とバイクには乗れない身体になったそうだ。


トップの敗北。


羅刹は、そこで一度、滅びかけた。



生臭い廃工場が静まった頃にやってきたのは


「やっぱりこんなことになってるし」


木良と


「やってくれたな。幻」


――当時の黒梦の総長、林(ハヤシ)さんだった。


いくら事情があれど

重体、重症の人間を多く出したのだ。


ただじゃ済まない。


目の前でワゴンに乗せられていくのは、命に関わるケガをした連中。


「まとめて燃やしちまうか。それとも。山にでも埋めるか? ん?」


林さんは笑っていた。

微笑み、怒っていた。


こうなる前に止めなかったことを。


どうしてはやく呼ばなかったのだと。

そんな林さんの気持ちが笑顔に表れていた。


「全責任とる気でいます」


黒梦追放は間逃れないと。

それだけじゃ、済まないと。


脱退を覚悟した俺に、林さんは告げた。


「だったらお前が頭になれ」

「……え」

「そろそろ引退考えてたしな。ちょうどいい。そんで木良、お前が副総長な」

「それは睡眠妨害になりそうで頷きかねるんですけど」

「そんなこと言うな」


殺気を消した林さんは


「部下の責任は。俺の責任」


俺のやったこと全てを、見逃した。



俺が黒梦を抜けると発言したことは白紙になり。


ここまで独断で問題を大きくしたことには、目をつむられた。


「でも。俺が責任とらなくても、お前は、なんとでもしてしまうんだろうな」


黒梦の残されたメンバーは、突然の総長引退、そして俺の総長就任にザワついた。


廃工場での出来事を知るものは限られ、口に出すことはタブーとなった。


林さんが言った通り


その事件が警察沙汰になることはおろか

世間に広まることが一切なかったのは


「そんな顔しなくていい。なあに。私の子供時代に比べれば可愛いものさ」


祖父が、各所に手をまわし、食い止めたからだ。


捕まりもしなければ

学校にもこれまで通りかよわせてやると言われた。


「お前の兄さんたちは、頭はいいが、つまらない男だ。エリートといわれる道を進み、翌々は政治の道に足を踏み入れる気でいるようだが。幻(まほろ)。お前は好きに生きるがいい」

「でしたら、俺は――」


高清水の姓を、捨て

生みの母の姓である【川崎】になり。


これまで通り似合わない名前を呼ばれることを苦手とし、仲間からは『ゲン』と呼ばせた。




後悔と希望


Side.幻





まもなく高校を退学した俺は、家を出ることになったのだが、そんなときに近づいてきたのが――。


「好きに使ってくれていいよ。って言っても、ボロいし。だらしないオヤジつきでよかったら」


木良の幼なじみである、霞だった。


前々から仲間くしたいと言われていたものの、結局あやふやになっていた相手だ。


木良に、

「幻にピッタリの住処があるよ」と話を持ちかけられ向かった先がバイク屋の二階だった。


そこで新しい暮らしを一からスタートさせた。


「しかし君も擦れたね。“みんなのアイドル霞ちゃん”だったのに。今じゃ頭の軽そうなギャル。幼なじみとしては、複雑な気持ちかな」

「あたしがどうなろうと勝手でしょ、木良」

――Sランクの純情な少女


かつて木良から聞かされたときに描いたイメージとは違った、霞。


「はあ。あの幻があたしの部屋にいるなんて、夢みたい」

「好きだねえ」

「ずっとファンだったんだもん! 嬉しいにきまってる」


それでも霞は、木良が関わるには珍しいタイプだということがわかった。


木良は、女関係が広く浅い。

ところが霞とだけは関係を変えずに付き合いを続けていたのだ。


幼なじみとして出逢ったからなのだろう。

それでも周りに寄せ付ける女とは随分と雰囲気が違っていた。


話してすぐに

“こちら側”の人間でないとわかった。


木良は、他人との距離感が近いようで遠い。

顔は広くとも特定の人間とつるむことを滅多にしたがらない。


たとえ黒梦のメンバーでも自分より下にみなしたものに心はみせない。


だから木良にとって霞は特別な存在であり。


見る限り、霞と林さんくらいだった。


木良が木良らしくいられたのは。


林さんが木良を黒梦に繋ぎ止めていた。


俺は、そんな木良から林さんを奪ったんた。
「あのね、幻。ここ、お父さんの趣味でやってるの。そんでもって、あたしの隠れ家」


そう話す霞は冒険に出てわくわくするような顔で、ボロいと言いながらもそこが大切な場所なのだと伝わってきた。


「小さな頃にママと喧嘩したらこもってた。まあ、もう隠れ家にはならないから、有効利用してね!」

「珍しいもん置いてあんな」


趣味でやっているだけあってマニアックなもんから儲けなんて考えていなさそうな商品まで並んでいた。


「そうなの? あたしは詳しくはないんだよね。全部ガラクタに見える……あ、でも」


そのとき霞が指さしたのは


「これ、かわいい」


シルバー色で桜模様の入った
フルフェイスのメットだった。


「えーい。値札はずしちゃえ」

そういって商品と別の棚に置かれたメットを。

霞は、いつか、かぶりたいと言っていた。


「ねえ。一度でいいから乗せてよ。夏休み中、またここに帰ってくるから」

「やめておけ」

「なんでー。幻の後ろ乗れたら泣いちゃう」

「……泣くなよ」

「泣くよ。絶対に。嬉しくて」

「どうして『もう隠れ家にはならない』と?」

「あー、それはね。うち離婚してて。お母さん、お父さんのこと大嫌いだし。新しいお父さんにも、気を使うし。やんなっちゃうよ。板挟みっていうの? まあ、これもダメおやじが、しっかりしてないからなんだけどさ」


そう言って無理に笑顔を作った霞に

俺がそのヘルメットを被せてバイクの後ろに乗せてやる日は、こなかった。


『本当に一人でやっていくのか? 生活資金はもちろん、なにか始めたいというなら投資だって惜しまない』


祖父とは表向きに関わりをたったが、今も繋がっている。

いつかまた俺が高清水の家に戻ることを期待しているのだろう。


ずっと育ててもらった恩を忘れたわけじゃない。

それでも自分のような人間があの家に居続けることに疑問は捨てられない。


俺は、親父が、家の外で作った子だ。


兄らから腫れ物扱いされるのはそれが理由だ。


ある女から生まれた俺は高清水家の養子としてもらわれ、十五年育てられた。

生みの親の顔も知らないまま。


礼儀作法、教養を身につけろと専属の講師を雇われた。


俺が名家の跡取り?

考えられるわけなかった。


それも、ただ、責任を丸投げして窮屈な世界から抜け出して自由になりたかっただけなのかもしれない。


「来てたのか」

「へへ」


霞はよく俺に会いに来た。


母親にバレたら叱られるという想いと

今の父親に対して負い目を感じながらも


楽しそうに、俺の傍で過ごした。


俺が会話に参加せずとも一人で喋り続けるようなやつだった。


「幻、なんで高校やめたの?」


霞は、当然ながら廃工場での一件を知らない。

だから俺を取り巻く環境が途端に変わったことを疑問に思っていて。

だからといって、俺がその疑問に答えることはなかった。


「そろそろ帰れ。電車なくなるぞ」

「朝帰ろうかなー」

「送ってやる」

「え!?……いや、幻にそんなことさせられないよ」


マイペースなやつだが、人一倍、気を使うところもあった。


「帰らなくても。どうせ心配されないよ」
母親と新しい父親との間に生まれた、年の離れた弟を母親が可愛がっている。だからあの家に居場所なんてない。お母さんと二人で暮らしてた頃に戻れたら、と。そんなことを言っていた霞は、寂しげだった。


「あの子は、なんにも悪くないし。可愛いのに。なんだか弟って感じには思えないし……ときどき憎い。そんな自分が嫌になる」


そんな霞をみて、俺の兄たちは、少なからず俺のことをそんな目で見ていたのかもしれないと。自分と重ねた。


「おかえり、幻」


それからは帰ると当たり前のようにいたり。


「あー、また喧嘩したでしょ」


放っておきゃ治る傷の手当をしてきたり。


「おいしーね」


一緒に飯を食ったり。


正直一人の方がラクだと思いながらも、霞といることに心地良さを幾らか感じていた。

総長さんが甘やかしてくる③

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