玄関から、ガタ、ゴト、と、慌てて靴を脱いでいるような遥の気配を感じて、私はダイニングテーブルの椅子に腰掛けたまま両手をグッと握り締める。

テーブルクロスのレースに視線を落としながら、遥がバタバタと廊下から近付いて来る足音に、緊張で息が止まりそうになった。


カチャリ、とリビングのドアが開く音と共に、走って帰って来たのか少し息の荒い遥が中に入ってくる。


「た、だい……ま。……なっちゃん?」


ドクドクと、煩くなる心臓の音が自分の耳にも内側から届く。

中に入ってすぐ、遥の声のトーンが下がった事に私が顔を上げると、彼は私の足元に隠すように置いてあるバッグに気付いたようで、私の顔とバッグを交互に見て眉間に小さくシワを寄せた。


「……なっちゃん?」


もう一度、そう不安げに私の名前を呼んだ遥が、ゆっくりこちらへと近付いて来る。

取り敢えず、おかえり、そう声を掛けようと息を吸い込んだ時、ふわり───と、“彼女”の香水の香りがして。

一瞬にして、顔が強張って行く。

あれから大分、時間は経っているはず。
それなのに、まだ、彼女の匂いがするという事は───。


もしかして、今まで彼女と一緒にいたの……?



途端に息の仕方が分からなくなって、ヒュッと息を勢いよく吸い込んで、「……ハッ、ァ、」と胸の苦しさに息を吐き出した。


「なっちゃん!?」


それを見ていた遥が驚いたように駆け寄ろうとするので、私は思わずガタリッと立ち上がり、


「……ッ、こ、ないで……っ!」


と、叫んでしまった。