……気付いていて敢えて彼女は、私に会話が聞こえる範囲を選んで座ったんだ。


悔しい、と思う感情も勿論あるけれど、それ以前に悲しみの感情の方が強くて。

どうして? なんで? と、そればかりが頭の中で繰り返される。


三人がエレベーターホールの方へと向かって姿が見えなくなっても、しばらくはその場から動く事が出来ないでいた。

頭の中では、泣いて喚いて二人が部屋に入ってしまうのを止めたいと思う自分がいるのに、何もする気が起きないのが現状で。

放心状態って、こういう事を言うんだな、なんてどこか冷静に思う自分がいた。


だけど、不思議なもので。


涙はとめどなく溢れ続けているのに、こんな状態でも、会社に戻らなきゃ。とふらりとホテルの玄関へと歩き出していて。



───もう、何も考えたくないと思った。



会社へと帰る道すがら、周りの視線から自分が酷い顔をしている自覚はあったけれど、気にしている余裕もなくて。

今はとにかく何も考えたくなくて、会社へと帰る事だけを目標になんとか辿り着く事が出来た。



だけど私は、相当酷い顔をしていたようで。
隣の席の同僚が軽い悲鳴を上げながら、机に広げたままのお弁当をひっくり返す勢いで私の所へ駆けて来た。


「ちょ、ちょ……夏美どうしたの!?顔が真っ青!!」


彼女の騒ぎ声に周りがザワザワと寄って来てしまい、私は上司からあっという間に帰宅命令が下されてしまった。