真っ直ぐこちらに向かって歩いて来る事に、一瞬バレてしまったのかと焦ったけれど、背中合わせに並べられている長椅子の、私とは反対側の端へと彼女が腰掛けるのが見えた。

少しだけ距離が近い事に、失敗してしまった、と俯きながら思う。

だけど動こうにも、今動いて彼女がこちらを振り向けば一瞬でバレる。

起きたまま金縛りにでもあったかのように固まる私の背中を、ジワリとかいた汗が粒になって伝って行くのを感じた。



……何、やってるんだろう、私───。



なんでこんなに私が、彼女に遠慮しなくちゃいけないんだろう。

───遥は、私の夫なのに。


そう思えば思う程、今の自分が惨めに思えて来て、ギュッとバッグを握る手に力を込める。

……こうなったら、遥が来たら早々に二人の前に飛び出して、問い詰めてやろう。そう思って少し顔を上げた時、ガラス越しに黒いコートの男性が入って来るのが見えて───ドクリ、と鼓動が一際大きく跳ねた。

ガラス越しでまだ遠いのでハッキリとは分からないけれど、私の直感が“遥だ”、と確信する。

途端に、ドッドッドッと全身が心臓になったかのように揺れている気がして、軽い目眩に思わず目を閉じた。



「……ハルちゃんっ!」



冬香さんの遥を呼ぶ声がハッキリと聞こえて来て、ああ、やっぱり、と絶望感に襲われながらそっと目を開く。

なんだか一気に心が冷めてしまったかのように冷静になる自分がいて、どのタイミングで二人に近付こうかと耳を澄ませる。

───と、ハッキリ聞こえて来た二人の声に、頭が真っ白になった。


「……急に呼び出して、ゴメン」

「ううん、私、ハルちゃんに会いたかったから嬉しい」


二人の会話に、私の中で何かが音を立てて崩れて行く気がした。