ただ単純に、ショックだった。

いつもの彼であれば、絶対にこんな事はしない。
ジッと私を見つめる遥からは、少しの苛立ちと微かな諦めのような空気が感じ取れて。

苛立っているのは勿論私の態度にだろうけれど、彼のこの諦める雰囲気は、別れを切り出したあの時にも感じた事がある。


───いや、違う。多分……今回だけじゃない。


本当はいつも、表には出さないだけで……遥はいつも私に対して“何か”を諦めている。

私が時々彼との間に感じる距離は、きっと“コレ”だ。

負の感情しか浮かんでこない今、その理由を考えるのが怖くて思考に蓋をした。


───私は、臆病で卑怯な人間だから。


真実を知りたいと思いながらも、今の彼の態度が物語っているように、知れば遥が離れてしまう気がして。

今は、まだいい。と、考える事を放棄する。

優香には話し合うべきだと言われたけれど、遥が離れて行くかもしれない恐怖の前では、そう簡単に口には出来ない。

到着したエレベーターの扉が開くと共に、私は遥をやんわりと押し退けた。


「……ゴメン。少しだけ、一人の時間が欲しい」


私の言葉に遥は何も言わなかったけれど、引き止める事もされなかったので、了承したものとして一人先にエレベーターを降りて急いで玄関の鍵を開ける。