すると遥がほんの少しだけ驚いた表情をしたけれど、すぐにまた優しく笑って私の頬を撫でた。


「行かない。なっちゃんとこのまま帰るよ」


遥の返事に、困惑したのは自分の方で。

明らかに遥の返事には、“冬香さんの元には行かない”という意味が込められているように感じるのに、敢えてそこに触れないのは……どうして?


シンプルな柄のカーペットに視線を落として黙り込んでいると、スッと私の側にもう一人近付く気配を感じてハッとする。


「夏美、今日はもう帰りな」


顔を上げると、少し不機嫌そうな優香がいて。
ここが優香の家だった事を、一瞬でも忘れていた自分に恥ずかしくなる。


「ゴ、ゴメン、優香。今日はありが……」


遥の手をやんわり退けて立ち上がろうとすると、優香が跪く遥を「相良さん」、と呼びながら見下ろした。


「今日は帰してあげますけど、もし、次、同じように夏美がウチに来るような事があったら、その時は帰しませんから」


驚いて優香を見ると、彼女はまだ遥をジッと睨み付けていて。

ゆっくりと立ち上がった遥が、スッと優香に頭を下げた。


「今日は、ご迷惑をお掛けしました。また、同じ事がないよう努力します」


遥の言葉とその後ろ姿に、苦い思いがジワリと胸に広がる。