───……でも。



その日から、時々遥は同じ香水の匂いを身に纏って帰って来るようになった。


その意味が理解できない程、私も鈍感じゃない。


誰かと会っているのは確実で。
その、“誰か”も、予想はついている。

でも……遥は誰と会っているのか教えるつもりはないようで、必ず残業だと嘘をつく。

だから私もその嘘に、いつも気付いていないフリをする。

……だけど、それもそろそろ限界かもしれない。


嘘をついている理由なんて知りたくもないけれど、このままではダメな事も分かっているから。

だから今夜こそはハッキリ聞こう、と決心した日に限って、早く帰って来るから決心が鈍る。

……ダメじゃん、私。
これじゃ、浮気を見て見ぬ振りして黙って耐えるだけのサレ妻だ。


そんな風に思ってはいても、今日も彼は早く帰って来てしまったので、やっぱり明日でいいか、とついつい先延ばしにしてしまう。

……だからダメなんだよね、私。と反省していると、リビングのソファーに置いてある遥の携帯が無機質な着信音を告げた。


あ、遥今お風呂だけど知らせた方がいいのかな、と一瞬迷ったけれど、上がってから掛け直せばいいか、と無視しようと決める。

だけど、中々鳴り止まなくて。

取り敢えず、誰からの着信なのか確かめようと、携帯のディスプレイをチラリと覗いてみた。


その瞬間───ドキリ、と心臓が跳ねて。

思わずヒュッと息を吸い込んだ。


画面には───、【冬香】と表示されている。