そんなに強い香りではないけれど、遥は香水を付けていないからすぐに分かる。

───いつもは私と同じ、柔軟剤の匂いしかしないのに。

……それに今までだって、残業で遅くなった時や飲み会に行った時でさえ、香水の匂いを付けてきた事なんてなかった。

それなのに、今、このタイミングで香る香水の匂いに、心臓がいやに強く鳴り響く。

黙り込んで身動き一つしない私を不思議に思ったのか、遥が後ろから顔を覗き込んできた。


「……なっちゃん?やっぱり何かあった?」


遥の優しい声に、聞いてしまおうかとも一瞬思ったけれど、自分の小さなプライドと、聞くのが怖いと思ってしまう気持ちの両方が邪魔をして口を噤んでしまう。


それに……うん、そうだ。
今日が特別過敏になっているだけで、普段も匂いが付いている事に私が気付いていないだけかもしれない。
それか、たまたま電車で一緒になった女の人の香水が、付いてしまっただけかもしれない。

それか───……。
……と、色々理由を考えては、自分の心に言い聞かせる。

とにかく、ウジウジ考えるのはもうやめよう、と遥のお腹に軽く肘打ちして後ろに身体を捩った。


「何でもないってば。ほら、早くご飯食べよう?私お腹空いちゃった!」


私の言葉に、遥がガバッと身体を離して「えぇ!?なっちゃん食べるの待っててくれたの!?」と、少し眉尻を下げて申し訳なさそうにしつつも、嬉しそうに目をキラキラさせてもう一度私をぎゅーっと抱きしめてきた。

その彼の喜びように、どこかホッとしつつ、私の頬も緩んで。

───……やっぱり、私が過敏になり過ぎているだけだ。


そう思い直して、私もそっと遥の背中に腕を回した。