「───夏美」
いつもの“なっちゃん”ではなく、“夏美”と呼ばれた事で、ドキッと心臓が大きく跳ねた。
今の遥の声色からは、感情が読み取れなくて焦る。
……どうしよう。
紙袋を握る手に、ジワリと汗が滲む。やっぱり遥は、勝手に出て来てしまった事を怒っているのかもしれない。
遥の目を見て謝ろう、そう思って振り向こうとすると、後ろから私の左肩に───トスッ、と遥の頭が乗せられて、ドキッと心臓と共に肩も小さく跳ねる。
「……来てるんだったら、連絡欲しかった」
溜息なのか、ホッとしたからなのか、遥が長く息を吐き出した。
「あ、ゴ……ゴメン」
そう、言葉を紡ぎながら、ドクドク───と、自然と鼓動が速くなる。
ふと、急に肩が軽くなったので後ろを振り返ると、遥が私の腰に手を回しながら、神崎社長をジロリと睨んでいた。
「……ブレークタイムが長過ぎますよ?社長」
遥の言葉に、彼はニッと笑って遥の肩をバシバシと叩く。
「いやだってあれは、俺がいない方が話がスムーズに進むと思ったからさー」
「社長が退席した事の説明に、俺がどれだけ余計な労力を費やしたか分かりますか?」
「結果は上手くいったんだからいいだろー。っつーか、敬語と社長はやめろよ。ムズムズすんだろ」
「一応後方には他の社員もいるので。……それよりも、なんでなっちゃんとここに?」
遥の問いに、神崎社長がニヤニヤしながら噴出すように笑った。
「俺がここまでエスコートして来たからに決まってんだろ。っつーかお前出て来るの早過ぎ。夏美ちゃんセンサーでも付いてんのかよ。もう少し俺は夏美ちゃんと二人で、」
「神崎、殺されたいの?」
神崎社長が最後まで言い終える前に、ニッコリ微笑んだ遥が言葉を遮った。