ガタッ──、と椅子が小さく音を立てた事で遥が少しだけ振り向いた。


瞬時に目が合って、ドキッと心臓が跳ねる。


───……と、同時に、タイミングよく遥の携帯の着信音が部屋に鳴り響いて、思わず肩までビクッと跳ねてしまった。


「……っ!はっ、遥……っ、電話みたいだよ!」

「? え、あ、うん。なっちゃん……どうかした?」

「い、いや、私よりも電話!ほらっ、早く出なきゃ!」


なんとなくホッとしたような、残念のような微妙な気持ちのまま、咄嗟に近付いた言い訳が思い付かなくて携帯へと注意をそらす。

すると遥が、小首を傾げながらダイニングテーブルの上に無造作に置かれていた携帯を手に取ったかと思うと、画面を見た彼は何故か少しだけ眉を顰めた。


……え、誰からなんだろう。


遥の様子が気になってついチラチラと見ていると、小さく溜息を吐いた遥が応答をタップして携帯を耳に押し当てる。


「もしもし、うん。お疲れ様。……ん?ゴメン、よく聞き取れない、落ち着いて。……うん、うん」


冷静に話している遥の電話口から、パニックを起こしているかのような女の人の声が聞こえてきて、ドクリと心臓が嫌な音を立てた。


……なんだろう。

多分遥の口調からして会社の人だとは思うけれど、電話の相手が泣いているっぽい雰囲気に、私の方が妙にソワソワしてしまう。


ずっと相槌を打っていた遥が、私に手でゴメン、とジェスチャーしながら寝室の方へと向かったので慌ててついて行く。


「……分かった。すぐに行く。木村部長に他の関係者の招集を掛けてもらって。あ、あと村山顧問にも声掛けて。あとは第一会議室のテレビ会議の準備」


遥が電話の相手に指示を出しながら、クローゼットからスーツを取り出した。

今から会社に向かうのだと分かった私は、急いで遥の通勤鞄をリビングに取りに行く。

こんなに仕事の事で慌てている遥を見るのは初めてだ。