だけどそんな私を他所に、冬香さんは申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。


「ここまで人の家庭を掻き乱しておいて、今更自分だけ逃げるなんて何言ってるんだって感じですよね。本当に……ゴメンなさい」


彼女の言葉に、私は慌てて首を横に振った。


「や、そうじゃなくて!そんな……言い方が悪いけど、投げやりな気持ちみたいな感じで、結婚相手を決めてしまっても……いいのかなって、思って」


慌てる私を見て、冬香さんは少し驚いたように目を見開くと、ふわりと優しく微笑んだ。


「……夏美さんの事、ハルちゃんが好きになるわけですね」


彼女の言葉に私が小首を傾げると、冬香さんは優しく目を細めた。


「──……ハルちゃんは相良の会社にいた頃、恐れられてはいたけれど同時に慕われてもいたんです。仕事が誰よりも出来て、なのに汚い仕事は自ら負って絶対に部下を関わらせようとはしなかった。でもあの頃のハルちゃんは、私の前以外では常に無表情で。そんなハルちゃんを私が変えてあげたい……なんて、驕った事を考えたりもしていました」


冬香さんの話に、ホテルで見た支配人を思い出す。
確かに彼は、遥を心底慕っているのが声を聞いているだけで分かった。なんだか自分でもおかしいけれど、ホッとして胸の辺りが温かくなる。



「でも、それが出来たのは私じゃなかったみたいです。私が何年一緒にいても変わらなかったハルちゃんが、夏美さんといる事であんなに人前でも表情豊かになっている。夏美さんの温かさに触れて、ハルちゃんがあんなに柔らかな人になったんだなぁって、今、実感しました」



右耳に髪の毛を掛けながら柔らかく微笑んだ冬香さんは、なんだかさっきよりもスッキリした表情に見えた。


それから彼女は、自分の結婚の事にはもう触れる事なく、何度か謝罪の言葉を告げて───病室を出て行った。