冬香さんが小さく笑って涙を拭った。


「……ハルちゃんが、夏美さんに惹かれる理由、分かったような気がします」


そう言って彼女はどこか遠くを見るように、窓の外へと視線を向けた。


「……私、兄に告白された時、“これは私宛じゃない”ってなんとなく気付いてしまって。だから、これ以上側にいるのは耐えられないと逃げ出したんです。ハルちゃんを忘れる為に遠くに行ったのに、何をしても忘れる事なんて出来なくて。結局は、両親に縁談の為、呼び戻されてしまったんですけどね」


彼女はそう言って、自虐的に笑った。

年こそ私より三つ程下の彼女だけれど、彼女の背に課せられた将来は、私なんかには想像も出来ない程大きなものなんだろうという事だけは分かる。


「でも、帰ってみたらハルちゃんは家を出てしまっていて。そしたら、いつもは冷たい一番上の兄が、穏やかに目を細めて言ってました。『アイツはバカだ。好きな女の為だけに何もかも捨てやがった』って。一瞬、もしかして私の為に?なんて、バカな考えが過ぎりました」


冬香さんの言葉に、一瞬ドキリと心臓が跳ねる。

遥の話してくれた内容と重なって、彼は本当に私の為だけに何もかも捨てたのだと今更ながらに理解した。


「……恥ずかしいんですけどね、最初夏美さんと会った時、ハルちゃんは私に似ていたから夏美さんを選んだんだって思っていたんです。だから今なら取り戻せるって。でも、全然違いました。夏美さんとカフェで会って、二人の出会いを聞いた時思い出したんです」


そこで一旦言葉を切った冬香さんは、私を真っ直ぐ見つめて切なげに目を細めた。



「『仕事は平気なの?』って、ほぼ毎日病院にお見舞いに行っていた私に、ハルちゃんはよく聞いていました。何も覚えていないはずなのに、私の事を社会人だと思い込んで。あの時は、特に何も思いませんでしたが、夏美さんと話して、あぁ、“私が”代わりだったんだって、気付いたんです」



あの時の彼女の反応を思い出して、ああ、やっぱり。と思う。
それは遥に話を聞いた時にも思った事だった。