そんな私の後頭部に遥が手を添えて、自分の方へとグッと引き寄せた。


「───冬香は、今、実家からお見合いを強要されていて。家に……帰ってないんだ。ホテルを転々としていて……それが心配で会っていたっていうのもある。でも、なっちゃんと連絡が取れなくなったあの日、このままじゃダメだって思って冬香を呼び出した」


遥が抱きしめる腕を解いて、私の目を真っ直ぐ見て来る。
余程余裕がないのか、彼は少し焦った表情をしつつ、私の両肩を逃さないとでも言うように、強く掴んだ。


「……今まで曖昧に冬香の願いを聞いていた事で、冬香が何かを期待してしまうのなら、ハッキリと告げないといけないと思ったから。それに、あのホテルの支配人は俺の知り合いだったから、今後冬香が他のホテルを転々とするよりは、あそこに留まってくれていた方が安心だと思ったんだ」


そう告げながら、遥は目を細めて少しだけ視線を俯かせた。


「だけど、あの日……、妹としか見ていないと告げた俺の言葉に、想像以上に冬香が取り乱して。……結局、今日だけでも側にいて欲しいと願う冬香の言葉を聞き入れてしまった。……本当に、ゴメン。でも、側にいただけで、本当に何もないんだ。それだけは……信じて欲しい」


遥がまた視線を上げて、私の目を必死に見つめて来る。


───……彼は、“悪魔”と呼ばれていたと言ったけれど、きっと本来は、とても繊細で寂しがり屋な優し過ぎる人。


そんな遥だから、冬香さんを切り捨てるなんて出来なかったんだろう。ましてや彼女は、遥の大事な家族で。

そこにやっぱり妬けてしまうけれど、私はコクリと小さく頷いた。