「ちがっ……、違うっ……!」


必死に首を振る私を、遥は少しホッとした表情で見ながら小さく笑った。


「……俺、どうしてもなっちゃんに近付きたくてさ。だけど、今までの人生を振り返ってみても、仕事以外で自分から人に近付いた事なんてなくて……。しかも、俺が相良の会社で役員をしていた頃の悪名を知らない企業なんてなかったから、雇ってくれる所さえもない状態で……正直、途方に暮れた」


え?と驚いて、遥を見る。

……でも確かに、相良財閥の役員ともなると、平社員は別としても、上役達の間で知らない人はいないのかもしれない。

でもじゃあ、今の会社は……?

瞬きを繰り返しつつ彼を見ると、遥がふわりと嬉しそうに笑った。


「今の会社は、社長が俺の学生時代の同級生なんだ。……学生時代、友人と呼べる人物がいなかった俺に、執念深く対抗意識を燃やし続けていた奴がいて。そいつが、どこで嗅ぎ付けたのか俺が相良と縁を切った事を知って会いに来た。───『これで、お前に貸しが作れる』って意気込みながら」


そう、少し皮肉めいた言い方をした遥だったけれど、表情は穏やかで嬉しそうにさえ見える。


その遥の表情で、あ。と思い出した。



「……もしかして結婚式の時、友人代表でスピーチしたあの大泣きしてた人って、」


そこで確かめるように一旦言葉を切って遥を見ると、彼は優しく目を細めて笑った。


「うん。あの時は友人として出席させてくれって煩くて言ってなかったけど、アイツあれでも元々御曹司で。二十歳の時に会社を継いで社長になったんだ」


そう言う遥がどこか誇らしげで、彼の事をとても慕っているのが雰囲気で窺える。


……なんとなく、ホッとしてしまった。


───……ちゃんと遥が、新しく歩み始めた道で温かい人達に出会えていた事に、じんわりと胸が温かくなって安堵する。